ボブ・ディランが今頃になって、ノーベル文学賞の受賞スピーチを発表したとか。いかにもディランらしい話です。
ディランには “Tangled Up In Blue” という有名な曲があります。
Bob Dylan – Tangled Up In Blue
歌詞はいつもの如く、よく分からない部分だらけで、色々な解釈を許容するものになっているんですが、それに引きずられてか、曲名の公的な邦訳もよく分からないものになっています。
具体的には、「ブルーにこんがらがって」という邦題が付けられているんですけどね。確かに”tangle”は動詞としては、「もつれる・からまる/もつれさせる・からませる」「(事態が)混乱する」という意味を持っていますから、おかしな訳とまでは言えないんですが、どうも落ち着きの悪い表現ではあります。
“blue” は憂鬱な状態を指すでしょうから、「何やらこんがらがって憂鬱な状態に陥っている」ということをディランは言いたいんだと思いますが、それでは冗長な表現になってしまいますしね。
そんなわけで、ほとんどの日本人はこの曲のことを、邦訳タイトルではなく “Tangled Up In Blue” という英語タイトルのまま覚えたり称したりしているんじゃないかと思います。
最近古文の授業をしていて、ふと思ったんですが、この曲のタイトルって、「むすぼほれて」または「むすぼれて」と訳すのが一番いいんじゃないか。
いつものように日本国語大辞典(精選版)にお出まし願いましょう。
むすぼおる/むすぼほる
1.細長いものが結び合わせられて解きにくくなる。からみあってほどけなくなる。
*宇津保(970−999頃)春日詣
「花咲かぬ枝にも蝶はむつれけり柳の糸もむすぼほるらし」(中略)
5.心が鬱屈して晴ればれしなくなる。気持が発散せず憂鬱になる。気がめいる。気づまりとなる。
*拾遺(1005−07頃か)恋三・八一四
「春くれば柳の糸もとけにけりむすぼほれたるわが心哉〈よみ人しらず〉」
この語は、細長いもの(例えば用例にあるように柳の枝など)がからまりあって、がっちりと固まってしまっている状況を指すことが分かっていただけるかと思います。もちろん「結ぶ」という動詞と同根でしょう。
そうしたイメージが転じて、心が鬱屈した状態を指すことになるんですが、上記拾遺集の用例なんかは分かりやすいですね。「春が来たので糸のようにからまり合っていた柳の枝も解けたことよ。その一方で、憂鬱に沈んでいる私の心よ。」といった意味になります。
この和歌の下の句のイメージを英訳すれば、正に “Tangled Up In Blue” ですよね。
ついでに「むすぼれる」も見ておきましょう。
むすぼれる
1.結ばれて解けにくくなる。もつれる。また、物事がそのような状態になる。
*広本拾玉集(1346)五
「玉の緒はむすほれてのみやみなましかくしも君が思ひとかずや〈藤原公経〉」(中略)
3.心が鬱屈して晴れ晴れしなくなる。気がめいる。憂鬱になる。沈んだ気持になる。
*万葉(8C後)一八・四一一六
「ねもころに 思ひ牟須保礼(ムスボレ) 歎きつつ 吾(あ)が待つ君が」
語義的にほぼ同じである動詞だということが分かっていただけるかと思います。
「ブルーにこんがらがって」という表現では憂鬱感が出ませんし、かといって、「からまって・こんがらがって・憂鬱になって」なんて冗長な表現も不細工でしょう。今日からは「むすぼほれて」という訳で行こう。ま、私の心の中だけですけどね(笑)。
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