国語豆知識 「ぶり返す」「蒸し返す」

数日前、某復興大臣が「(大震災は)東北で良かった」と発言して、事実上更迭されましたよね。報道によると、それに関して、自民党幹事長が定例会見でこう述べたとのこと。

「今の時節にこんなことで、せっかく本人がああいう風にして辞めている話を、何回も何回もぶり返す必要は無いじゃないですか。」

発言の真意はさておき、この表現そのものに何か不自然な感じを受けた方は、なかなか鋭い方だと思います。

私からすると、「ぶり返す」という言葉の使い方が、どうも気持ち悪いんですよね。一応裏を取るために、朝日も産経も見ましたが、幹事長が「ぶり返す」という言葉を用いたことは間違いなさそうです。思うに、「蒸し返す」と言いたかったのではなかろうか。

日本国語大辞典(精選版)からそれぞれの定義を引用します。

ぶりかえす【振返】

①一度なおりかけた病気が再び悪くなる。

*人情本・英対暖語(1838)五

「其身の病の治りかかりし所へ〈略〉再発ブリカヘして」

②いったん良くなる方向に向かいつつあった事柄、気候などが、再び悪い状態にもどる。また、単にもとの状態にもどること。

*人さまざま(1921)〈正宗白鳥〉

「此間中から寒気がぶり返したことを歎息したり」

 

むしかえす【蒸返】

①一度蒸したものを、もう一度蒸す。再び蒸す。

*浮世草子・日本永代蔵(1688)四

「蘓枋木の下染其上を酢にてむしかへし、本紅の色にかはらぬ事を思ひ付」

②同じことを再び繰り返す。

*雑俳・川柳評万句合−明和五(1768)梅二

「むしかへす四百四町は又あら手」

③一旦結着のついた事がらを再び持ち出す。

*方丈記私記(1970−71)〈堀田善衛〉六

「またまたという恰好で話がむしかえされて来た」

日本国語大辞典はその用例が素晴らしく豊富で、嬉しくなってしまいます。少し解説を加えましょう。

定義・用例を見るに、「ぶり返す」の方は、主語として想定されるのが「病気・事柄・気候」などだということが理解されます。つまり、「人」が主語になることは想定されていません。

一方、「蒸し返す」の方は、主語として想定されるのは「人」であり、「もの・事柄」はあくまで対象物であることが分かります。

つまり、「何らかの事態が再び繰り返される」という点においては共通性がありますが、想定される主語が異なっているわけですね。

今回の党幹事長の発言の真意は、「俺の派閥の閣僚が一人減ってムカついてるんだよ!お前ら『マスゴミ』ごときが、何度も何度も同じ事を言い立てるんじゃねえ!」ということでしょうから(笑)、「同じ事を繰り返している」のは、「マスコミ・記者」つまり「人」だと考えているはず。

とすれば、「何回も何回も蒸し返す必要は無いじゃないですか。」と表現するのが、日本語的には正しいということになるかと思います。


もちろん、私も揚げ足を取るのが良いことだとは思っていません。政治家は国語学者でも国語を指導する者でもありませんから、些細な間違いがあっても全然構わないと考えています(もちろん国語的に面白い話はブログネタにしますけどね)。

ただ、復興大臣の「(大震災は)東北で良かった」なんていう発言は、幹事長の言わんとするような「言葉尻」ではないでしょう。被災者は、その言葉から透けて見える東北軽視・蔑視とも言うべき本心を読み取って憤慨しているのであって、揚げ足を取って悦に入っている人なんて皆無だと思います。よりにもよって「復興大臣」の立場にある政治家の発言でしたしね。

責任ある立場の人々は、言葉というものにもう少し「畏れ」を感じるべきだと思う次第。

※ 調べてみると、6年前にも似た趣旨のことを記事にしていました。今日もやっぱり同じ事を考えています。

物は言いよう | 宮田国語塾