数年前、暴走自動車が母親とまだ幼い子の命を奪うという悲しい事件がありました。運転手がいわゆる功成り名遂げた人であったこと、数名の死者が出たにもかかわらず運転手が逮捕・拘束されなかったことから、世論が一気に沸騰したことは皆さんもお覚えかと。
いわゆる「上級国民」なる嫌な言葉が流行しだしたのは、確かこの事件がきっかけではなかったでしょうか(本当に嫌な言葉ですね)。この事件に関する刑事訴訟(第一審)がつい最近終了し、検察・被告人両者から控訴がなかったため、禁錮5年の実刑判決が確定したとの由。
被害者遺族にも被告人にもさまざまな思いがあるだろうと思います。部外者たる私にも色々な思いがよぎりますが、被害者の御冥福をお祈り申し上げるに止めて、ここは言葉の話にしておきましょう。
今回の事件が大きな話題となったのは、被告人が勲章受章者であったことにもよります。勲章に何の縁もない人生を送っておりますのでよく知りませんでしたが、報道によると「勲章褫奪令」なる法令があるらしく、勲章を持つ者が、死刑、懲役刑、3年以上の禁錮刑の実刑判決を受けると、勲章を「褫奪」されるらしい。
もうお分かりですね。このブログで取り上げるのは「褫奪(ちだつ)」という言葉です。
「褫」という漢字は漢検1級の出題範囲に入っていますので、1級ホルダーなら意味も知っていて、読み書きもできないとなりません。「褫」という文字について、ちょっと解説しておきましょう。
まず音読みは「チ」。訓読みは「うばう・はぐ」。
字義は次の通り。
1.衣服をはぎ取る。
2.官職や地位を奪う。
衣偏(ころもへん)であることに注目しましょう。もともとの意味は「『衣服』をはぎ取る」というところにあり、「衣」と縁が深い漢字ですね。
私が思うに、字義1が字義2に転化するのは極めて自然です。「衣服」は身体に密着するものですよね。官職や地位は目に見えぬ抽象概念ではありますが、やはりこちらもその人に密接に関わっている=ひっついているものだと言えます。ならば、「官職や地位を奪う」ことは「衣服をはぎ取る」ことに通じます。
こう理解しておけば、「褫奪」という熟語の意味はもう簡単ですね。
「衣服や官職・官位を奪いはぎ取る」ということです。
日本国語大辞典を見ると、この「褫奪」という語には次のような用例が挙げられています。
教育学(1882)〈伊沢修二〉三
「至貴至重のものを褫奪するは、至厳至烈の痛苦を与ふるものなり」
被告人、いや、もう今の地位は受刑者ですが、彼は「至厳至烈の痛苦」を覚えているのでしょうか。誰もが悲しく、誰もが救われない事件。以前にもこのブログに書いたことがありますが、こうした類いの事件は自動車運転手の高齢化に伴い、ますます増えてゆくのではないかと思います。
運転手としても、歩行者としても、本当に気を付けねばならない時代になってしまいました。皆様もくれぐれもお気をつけ下さいませ。