さてさて、「日本語豆知識」というシリーズを始めようと思います。現代の日本語、古語、時には漢文的な知識などを取り混ぜて記事にしてみたいと思っています。
書きたいことが山のようにあるジャンルなので、何から書けばよいのか迷ってしまうんですが、のんびりと行きましょう。
今回のテーマは「夢」。うん、初回にふさわしい。
「夢」の語源をご存知でしょうか。この言葉、もともとは「いめ」と発音されていました。
「い」とは「寝(い)」のこと。
「め」とは「目」のこと。
つまり、「寝ているときに見るもの」というところから来ているわけです。
ちなみに、古語における「寝(ぬ)」という動詞は難しい動詞の一つです。名詞になると何故か「寝(い)」と発音することになります。
万葉集を読んでいると、奈良時代には「いめ」と発音していたことが分かります。辞書の用例を見ていると、平安時代には「ゆめ」に転化していたようですね。そこから現代に至るまで「ゆめ」として生き残ってきた言葉ですから、なかなか生命力の強い言葉だと思います。
そうそう、平安時代の「夢」に関する考えも書いておきましょう。古文には嫌と言うほど夢に関する話がありますしね。
夢に人が出てくることがありますよね。大好きな人だったり、嫌な奴だったり、昔の知り合いだったり。時には、どうしてこんな人が出てきたんだろうというような人も友情出演(?)してくれることがあります。
現代人としては、自分の深層心理ではこの人のことが気になっているのかな、なんてフロイト的な解釈をするわけですが、平安人は違います。
「夢に人が現れるのは、その人が自分の事を思っているからだ」というのが、平安人の常識的な考えです。大好きな人が夢に現れるのは、その人も自分のことが大好きで思ってくれているから。嫌な奴が出てくるのは、相手も自分のことを嫌だと思っているから、というわけです(ある意味、ユング的な解釈)。
言われてみると、そちらの方が合理的な考えのような気もします。どうしてこんな人が出てきたんだろうというような場合、相手方が自分のことを思い出してくれていると解釈するのは悪くないですよね。
平安人のように考えると、モテモテな人の場合、色々な異性が夢に現れ出てくるということになるはずですが、私の場合、全然出てきてくれません。あれっ、おかしいなぁ……(苦笑)。