パティ・スミス『バンガ』

2012年6月の私のヘビーローテーションは、パティ・スミス(Patti Smith) のニューアルバム「バンガ(Banga)」。

Banga
Patti Smith
Banga
ネットで探し出した歌詞を見ながらじっくり聴き、布団に入って読書しながら聴き、雑用をこなしながら耳を傾け、息子とドライブに出かけている間もカーステレオで聴くというヘビロテぶりです。

パティ・スミスのように、個人的な思い入れの深いアーティストについては、逆にブログ記事にしにくいんですが、日本盤が8月発売ということなので(随分待たせるなぁ)、情報を求めていらっしゃる方がいるやもしれません。パティ・スミスにまつわる色々な考えを文章にしてみたいと思っているんですが、それはまた別の機会として、今回はニューアルバム「バンガ(Banga)」についての個人的な感想を記しておきたいと思います。


パティ・スミスという女性は、「パンク・ロックの女王」というステロタイプで語られてしまうことが多いんですが、そんな手垢の付いた表現で片付けることは、絶対に不可能なアーティストです。もちろん、デビューの頃の作品はニューヨークの前衛的なパンクに分類されるべきものだと言えますが、鋭い感受性や表現力を持った歌手であり、画家であり、詩人であり、活動家であり、(夫はすでにお亡くなりですが)妻であり、母親でもある彼女が、そうした狭い世界に閉じ込められているはずもありません。彼女のアーティストとしての才は、より広く深い世界を求め、今もその表現世界を深化させつつあります。1970年代のパンク・ムーブメントの中から登場して、今に至るまで活動を続け、世界中の老若男女から支持を受け続けているアーティストは、彼女とエルビス・コステロぐらいではないでしょうか。

現在、御年65歳。彼女の顔には老いが刻まれてきました。どこかの芸能人が失われゆく容色を気にして整形に整形を重ねるのとはちょうど反対に、彼女は老いを淡々と受け入れているように思います。そしてそれが私にはたまらなく格好良く見えます。作品に表れる深みは、そのことと無関係ではないでしょう。たどってきた人生の道のりに矜恃を持つ、今をありのまま受け入れる。なかなか出来ないことです。


いつものことながら、随分前振りが長くなりました。ニューアルバム「バンガ(Banga)」の話でした。

前作「12(Twelve)」から5年ぶりのアルバムですが、また表現の深みが増していることに驚きを感じます。普通、60代ともなれば、表現活動も萎縮していきそうなものですが、さらに新たな幅が加わっています。パティはある意味、意欲的なアーティストの老年期のロールモデルだとも思えます。

私はアーティストではありませんが、個々人の老年期を輝かせる基盤は、「知性」と「健康」と「家族&信頼できる仲間」しかないと考えています。精進あるのみ、ってオッサン臭すぎますか(笑)。でも、パティはその全てを備えているからこそ、充実した作品を世の中に送り出すことができていると思うのです。

さて、今回の「Banga」、荒々しいムードの曲はほとんどありません。正統的なアメリカン・ロックやフォークと言って良いでしょう。しかし、その演奏はパティのヴォーカルを的確にバックアップし、足りないものは何もなく、余分なものも何もないという状態です。パティの声はとても魅力的。私はいつも彼女の声を「女神様の声」だと言っているんですが、穏やかで知性的な彼女の声を聞いているだけで、とても嬉しい気持ちになってきます。

幸いにも、彼女自身が曲の背景を語っているYouTubeのムービーがあるので、そちらを紹介しておきましょう。

“Fuji-San” (From “Banga”)

“Fuji-San” は、彼女も語るとおり、恐ろしい地震のみならず放射能汚染も体験した私たち日本人へのメッセージ。

“This is the Girl” (From “Banga”)

“This is the Girl” は、先般亡くなったエイミー・ワインハウスへの鎮魂歌。鈍感な私はこの動画を見るまで気づきませんでした。

“Seneca” (From Banga)

“Seneca” は古代ローマの哲学者の名前で、いかにもパティ・スミスらしい曲名だと思っていたところ、この動画を見ると、名付け親になった子どもの名前だとのこと。そんな名前を付けるところが彼女らしい……。やんちゃそうなセネカ君を見つめる彼女の視線に、子を持つ女性特有の優しさを感じます。

“Banga”

タイトル曲 “Banga” には、ジョニー・デップがギターとドラムで参加。ジョニー・デップ、本当に音楽の趣味がいい。bowwow!

あと、紹介動画はありませんでしたが、”Tarkovsky (The Second Stop Is Jupiter)” からは、彼女の映画趣味が伝わってきます。私もアンドレイ・タルコフスキーは大好きな映画監督なので、嬉しくなってしまう曲です。

これからも聴き続けるアルバムがまた一枚増えました。