『トップウGP』を読んで

楽しみにしていたコミックが昨日到着しました。藤島康介 『トップウGP』第1巻。天才日本人ライダーが世界の頂点、すなわちMotoGPのチャンピオンに登り詰める(と思われる)ストーリーの青年漫画です。

藤島康介
トップウGP 第1巻

トップウGP(1) (アフタヌーンKC)
(私も普段着はこんな感じなので、強く共感を覚えます(笑))

安易なストーリー?確かにそうかもしれません。しかし、私のようなバイクレースに魅かれ続けている日本人にとって、同胞たる日本人がバイクレース界の頂点に登り詰めることは、悲願だと言っても過言ではありません。せめて、コミックの中だけぐらいはその願いが叶えられてもいいじゃないか。そんな意味で、連載開始の話を聞きつけて以来、このコミックの発売を大いに楽しみにしていたわけです。

今までの世界最高のレースの舞台に、日本人がいなかった訳ではありません。小排気量のカテゴリーにおいては、むしろ多数の選手が世界の檜舞台でその勇名を馳せてきたといってもいいでしょう。坂田和人、原田哲也、加藤大治郎、青山博一。加藤大治郎に至っては、世界的活躍が認められ、文部科学省からスポーツ功労者顕彰を受けています。

しかし、バイクレース界には厳然たるヒエラルキーがあります。つまり、排気量が大きいバイクのレースほど格が上だとされます。今の世界選手権のレギュレーションで言えば、Moto3は排気量250cc、Moto2は排気量600cc、MotoGPは排気量1000ccなんですが、やはりMotoGPの王者が「世界最速のライダー」であるわけで、ファンからするとMoto3・Moto2は少し格下感があることは否めない。

これは選手やファクトリーにしても同様で、みなMoto3・Moto2で好成績を挙げることにより、最高峰のMotoGPへとステップアップすることを目指しているわけです。塾風に言えば、中学入試・高校入試より大学入試の方が格上と見なされるようなものでしょうか。

この最高峰のクラスにも、日本人はその足跡を残してきました。最高峰が2ストローク500ccエンジンだった時代も含めて調べてみると、単独のレースでは、金谷秀夫、岡田忠之、宇川徹、玉田誠、阿部典史の5名が優勝経験を有しています。しかし、最高峰クラスのシリーズチャンピオンに輝くことはどのライダーもなしえませんでした。

もしかすると日本人初の偉業をやってのけるかも、と思わせてくれた選手、阿部典史はサーキット外の不幸な事故で落命、上述の加藤大治郎もよりによって鈴鹿サーキットでのMotoGP本戦参加中、事故にて落命。レースファンの落胆は甚だしいものがありました。

そして2016年現在のMotoGP。日本人選手は時々スポット参加するだけになってしまっており、存在感はほとんどありません。

一方、MotoGPの王位に輝くマシンは、全て日本メーカーのマシンです。ホンダ・ヤマハの2強にスズキとドゥカティ(イタリア)が挑むという構図ですが、事実上ホンダ・ヤマハの独占と言っても過言ではありません。

これだけ日本のバイクが世界のレース界を席捲しているというのに、どうして日本人選手は不遇なのか。色々原因はあると思いますが、一日本人としてはどうも承服しがたいところがあります。

確かに日本はモノづくりの国かもしれません。しかし、それだけではないんだ、素晴らしい選手も輩出できるんだ、超絶技術を有するライダーがいて、世界に一歩も引けを取らず渡り合えるんだ……。私としてはそう思いたいんですよね。

日本では、欧州諸国のようにバイクレースが文化として根付いてはいません(欧州ではMotoGP人気はF1やサッカーを凌ぐとも言われている)。そこにひっそり生きているMotoGPファンの多くは、いつか日本人選手にMotoGPチャンピオンという栄冠を掴んでもらいたいと願っているんじゃないでしょうか。少なくとも私はその一人です。


話をコミックに戻しましょう。舞台はMotoGP最終戦(おそらくヴァレンシア戦でしょうね)サーキットのグリッドから始まります。主人公は18歳の宇野突風。シリーズ最終戦まで優勝者が決定せず、この一戦で優勝の行方が決まるという状況。彼がこのレースを制すれば、バイクレース史上最年少で最高峰のチャンピオンに輝く、という夢のような設定です。

ダイネーゼのレーシングスーツに身を包み、レプソル・ホンダRC213Vと思われるマシンに跨がる突風少年。不敵な表情がいい。

そこから舞台は一転します。時を遡ること7年、突風君の少年時代からストーリーは始まります。バイクも何も知らない11歳の少年ですが、とても理知的な少年として描かれているのがいいんですよね。考えてもみてください、瞬時に状況を判断して、時速350kmになんなんとするマシンを操る世界ですよ。一つのミスが文字通り命取りになる。蛮勇だけで渡れる世界ではありません。1にもに2にもクレバーな頭脳が必要なはず。

このあたり、最近愛読している灰原薬『応天の門』に登場する主人公、少年時代の菅原道眞公にそっくりなんです。顔つきといい、普段の物腰といい。やっぱり賢い少年が成長してゆく物語はいい。

興味のないサーキットで、半ば無理矢理マシンに乗せられる突風少年。初めてのバイクにもかかわらず(このあたりは何か背景がありそうですが)、いきなりクラッチを握らずシフトアップしたり、ブリッピングしたりして周囲を驚かせます。このシーンに彼の観察力の鋭さや天才性を物語らせているんでしょうが、この辺りバイク乗りだとニヤリとさせられます(長年乗っていてもできない人が多数いる)。

18歳で世界の頂点に登り詰めるというストーリーのようですから、トップウ少年、今後破竹の勢いでレース界を駆け上ってゆくんでしょうね。

一色まこと『ピアノの森』という作品がつい最近完結しましたが、この師弟愛・親子愛のストーリーの最後は、主人公のショパン・コンクール優勝で締めくくられました。その美しいストーリーに私も妻も涙したんですが、『トップウGP』にも是非美しいラストを迎えて貰いたいと思います。

せめてコミックの中では夢を見させて欲しい!