灘中学入試国語の分析 (2011年度・平成23年度)

1月の末頃、2011年度(平成23年度)の灘中入試国語の解説授業を実施したんですが、忙しかったせいもあって、ブログ記事にするのを忘れていました。さすがに、授業の再現をするのは面倒なので、メモ書き風・雑感風に少々。

灘中学の国語は第1日と第2日に分かれているんですが、第1日は知識問題中心で80点満点、第2日は読解問題中心で120点満点という構成になっています。

このレベルの難関中学になってくると、教えていても面白い文章を出してきます。(大人からすると)退屈な小学生向きの文章は一切出題されません。こと国語の読解については、受験生を「一人の大人」として処遇する。早く「大人の読解力」を身に付けるべし。中学校側にはそんな意識があるのかもしれません。

受験生からするとたまったものではないでしょうが、教える側からすると骨がある問題のほうが楽しいですね(笑)。

さて、平成23年度の灘中の問題に移りましょう。


まず第1日目の問題。難易度は例年並みじゃないでしょうか。

外来語が好きな中学ですが、今年はアーティスト、エゴイスト、エッセイスト、スペシャリスト、ロマンティストといった語が出題されています。「スペシャリスト」は、「『その道でのすぐれた能力・技術の持ち主』を表す『ス』から始まる言葉は何か?」という出題だったんですが、難しく思った受験生もいたかもしれません。

問題分析ばかりだと面白くないので、高校生以上向きの関連問題も出題してみましょう(中学入試では出ないと思います)。

1.スペシャリストの対義語は?

2.ロマンティストの対義語は?

正解は以下の通り。

1.ゼネラリスト(generalist)=多方面の能力・知識を持つ人

2.リアリスト(realist)=現実主義者

慣用句は、「水」シリーズ。水をあけられる、水を打ったよう、水ももらさぬ、水に流す、水を向ける、といった表現が出題されています。標準的な問題でしょう。

文法は、格助詞「の」・終助詞「の」の判別。主格や連体修飾格、準体格といった文法用語まで知る必要はありませんが、判別は完璧に出来ないとなりません。簡単な問題だったと思います。

季語の問題はいつも面白いですね。個人的には、国語の受験勉強ばっかりせずに、表に出て自然に触れろ、というメッセージを読み取りたいと思います(笑)。自然に対する常識的な感覚が身に付いていれば、あまり解答に迷わない問題ではないでしょうか。素直な良問だと思います。

漢字の問題。同音異義語は標準的な難易度でしょう。強いて言えば「コウセイ」に名を残す、選手達の「キセイ」があがっている、という部分でしょうか。解答はそれぞれ、「後世」(後生と間違うべからず)、「気勢」。四字熟語も受験生のレベルからすれば簡単。これは一問も落とせない。

漢字しりとり(漢字パズル)は、漢字の実力があっても落とす可能性の高い問題ということもあり、個人的にはあまり好みの出題ではありません。私の好みを言っても仕方ありませんが……。ひらめきは算数の方で試験してもらえばいいと思うんですけどね。ある程度出来ていれば大きな問題はないでしょう。

いずれにせよ、第1日は知識問題中心ですから、対策としては、国語的知識を着実に身に付けてゆくしかありません。例年通りの出題・難易度でしたので、合格した受験生達はしっかり得点できたのではないかと思います。逆に言えば、第1日で落とすようでは合格は難しかっただろうと思います。


次に第2日目の問題。難度はかなり上がったんじゃないでしょうか。2011年度は、論説文が出題されず、かわりに随筆が2題、詩が1題という風に出題されています。個人的には、文章もとても趣味の良いものを使っていて、優れた問題だと思うんですが、受験生にはちょっと厳しかったかもしれません。

というのも、国語の苦手な受験生にとって、随筆はかなりハードルの高い文章だからです。随筆の場合、論説文のように論理性だけで割り切れるわけではありませんし、物語文のようにはっきりとした感情の起伏が示されているわけでもありません。

そういう観点からすると、今年度の第2日目の問題は、本当に国語力の高い生徒に入学してきて欲しい、そういうメッセージを発しているように思います。

いくら理数的能力が高くても、国語力が低ければ、6年後の大学入試で成果を上げることは難しいですから、当然のメッセージなのかもしれません(彼らの受験するような大学は、理系であっても、まず間違いなく国語や英語といった科目が課される)。

いずれにせよ、随筆2題というような出題に揺さぶられないためには、「傾向と対策」や「出題予想」にこだわりすぎず、深い国語力を涵養しておかねばなりません。

さて、出題された詩の問題は比較的簡単でしたので、随筆2題についてコメントしておきましょう。問題の詳しい解説は、いずれ出版されるでしょうし、各受験塾の授業でも取り上げられるでしょうから、雑感風に。

大問一の出典は、堀江敏幸『正弦曲線』
大問二の出典は、梨木香歩『水辺にて』

ふと思ったんですが、このお二方、当ブログでも何度か取り上げている雑誌『考える人』の常連さんですね。

最近『考える人』に掲載され、面白いと思ったのは、堀江敏幸氏ですと、活字(活版印刷)に対するフェティシズムの表出とでも言うべきエッセイ。私も活字中毒なので、共感を覚える素晴らしいエッセイでした。梨木香歩氏ですと、最新刊2011年冬号の紀行文『知床半島の上空を、雲はやがて』。この紀行文は、出題された『水辺にて』と類似の着想に基づく文章だと思います。

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『正弦曲線』『水辺にて』いずれも、書店で見かけて気になっていた書籍。文庫本になったら読もうと思っていた本なんですが、仕事的には、もう少し早く読んだ方がいいんでしょうかね?必要経費で……いや、無理か(笑)。

少し話は脱線しますが、梨木香歩氏は、クレア・キップス著『ある小さなスズメの記録 人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯』の翻訳も秀逸でした。読んでいて涙があふれ出てくる本なんて久しぶりで……って、あまりにも脱線しすぎですね。この本については別記事に譲ります。

上記の話に反するように見えるかもしれませんが、私としては、中学入試国語の出題ヤマ当ては感心しません。実際、今回の灘中学の第2日問題も2題とも随筆だったわけですし、論説文に絞って勉強していると泣きを見ることになります。効率だけを重視して偏った勉強をしてきた生徒を排して、高い実力を養成すべく勉強してきた生徒を迎え入れる。そういう意図の透けて見える今回の問題、とてもよい問題だと私は思います。

出題者は、ヤマの当たったラッキーな生徒が欲しいのではなく、本当に国語力の高い生徒が欲しいはず。それならば、正々堂々と高い国語力を身に付ける勉強をすべきです。

さて、面白い問題をいくつかピックアップして解説してみましょう。申し訳ありませんが、読解問題の場合、本文が手元にないとよく分からないかと思います。問題文を手元において見てもらえれば幸いです。

大問【一】の小問 (3)
傍線部2「ご近所のおじさんおばさんたちとの『対話』」とはどうすることを言ったものですか。二十五字以内で答えなさい。

出題された随筆文は「キャッチボール」を主題としたもの。ただ、文章の力点は、友人とのキャッチボールには置かれていません。一人で壁当てキャッチボールをする際、相手になってもらっていた(?)近所の石垣の描写の方に力点が置かれています。極めて細密な石垣の描写は、国語力の乏しい受験生をうんざりさせたんじゃないでしょうか。

前提はそれぐらいにして、傍線部2近辺を見ると、「子どもの遊びではあれ、ご近所のおじさんおばさんたちとの『対話』が欠かせないのだ。」という文章になっています。

ここで気づいて欲しいのは、対話という言葉にわざわざカギ括弧が付されている点です。普通に対話しているだけなら、わざわざ「対話」とカギ括弧を付けて表現する必要は無いはず。

よくある出題パターンなので、授業で何度も説明する部分ですが、カギ括弧には、気を付けておくべき特殊な用法があります。カギ括弧が引用や会話を表すなんていうことは、初歩的すぎて出題されるとは思いませんが、「彼我の認識の差異を表す」という用法は意外に盲点なんじゃないでしょうか。

ちょっと難しい感じがするので、小学生に話している通りの言葉に直すと、「『世の中の皆はそう思っている、でも自分としてはそうは思っていない』 またはその逆、『自分としてはそう思っている、でも世の中の皆はそう思っていない』という感じを表すことが出来るんですよ」ということです。

問題に引き寄せて考えてみましょう。(壁に向かってのキャッチボールは)「子どもの遊びではあれ、ご近所のおじさんおばさんたちとの『対話』が欠かせないのだ。」という文章の後にはこう続いています。

「白い土塀を汚すわけにいかないし、漆喰がはがれて練り土がむきだしになっている塀を壊すわけにもいかない。コンクリートのブロック塀は中が空洞で音がぼこぼこと響くから、静かな夕方以降は住人の迷惑になる。」

お分かりいただけるかと思いますが、これはご近所のおじさんやおばさんと、実際に話し合っているわけではありませんよね。あくまでも、少年なりのご近所さんへの「気づかい」を表しています。

つまり、問題になっている「対話」というカギ括弧付きの表現は、「私(筆者)からすると、まさしく『対話』だと思っているんですけれど、世の中一般からすると、実際に話し合っているわけではないから、『対話』とは言わないでしょうね」というニュアンスを持たせてあるわけです。

問題は「どうすることを言ったものですか」と問うていますが、これは「筆者の独特な表現を、世の中一般で通常用いられる表現に置き換えてみろ」という意味だと考えねばなりません。

とすれば、「会話すること」とか「話し合うこと」なんて表現が入っている解答は、完全に間違いです。

また、友人との話は第一段落で終わっており、第二段落からは筆者だけの孤独な営為の話に入っていますから、「友人」という言葉を入れてしまうのも、間違いになります。

こんな解答がよいでしょう。

【解答】ご近所の人達に迷惑をかけないように気をつかうこと。

ぴったり25文字で座りもいいですね。

大問【一】の小問 (6)
傍線部5「ボールは、まるで~あらぬ方向へ跳ね返り」とありますが、これはどういうことですか。「トカゲ」「ボール」の二語を必ず用いて、わかりやすく答えなさい。

本文にはこう記されています。「ボールは、まるでトカゲを追うかのように、石垣のあいだに口を開けた闇の入口に吸われてあらぬ方向へ跳ね返り」「、力のある打者ならば完璧なホームランになる憎らしい軌道を描いて、頭上を軽々と越えていくのだった。」

説明が長くなってきたので、要点だけにしましょう。形式段落で言えば、第四段落後半から第六段落までの、著者好みの石垣の描写を正確に読み取っていく必要があります。できれば頭の中に絵を描いてゆくように。

そうすれば、傍線部の比喩「ボールがトカゲを追う・闇の入口に吸われる」という部分は、比較的簡単に処理できるかと思います。

あと、小学生レベルで考えると、「あらぬ」という表現は、やや古めかしく分かりにくい表現だと言えますから、「予想しなかった」「思わぬ」ぐらいに直しておきたいですね。

なお、傍線部の主語「ボール」と、述語「跳ね返る」の間にやや距離があります。随筆の文章としては流麗で何の文句もありませんが、答案にする際は、主語と述語の距離は離すべきではありません。分かりにくい解答を避けるためにも、主語と述語を近づけておいた方が無難です。

なお、問題の言うとおりに、「トカゲ」「ボール」の二語を入れていない解答は0点です。

こんな解答がよいでしょう。

【解答】トカゲがつい先程までいた石垣の亀裂に、ボールが当たってしまったため、予想しなかった方向に跳ね飛んだということ。

以上、大人向きの解説にしたので、分かりにくかったかもしれません。お読みいただきありがとうございます。当たり前ですが、生徒にはもっと易しく説明しております。念のため。

大問【二】の方もいくつか解説しようと思っていたんですが、あまりに長くなりそうなので、擱筆。