東京大学入試国語解説 (2011年度・古文・設問五)

今日は国公立大学入学試験の日。塾生の合格を心より願っています。

さて、今日は国公立大学入試日であることに加えて、古文な気分なので(どんな気分やねん)、古文の問題を少しご紹介しましょう。

2011年度の東京大学国語第二問です。授業では丁寧に全部説明していますが、今日は時間もないので、文系受験生だけに出題された、設問(五)に絞って解説したいと思います。その年の古文問題の中では、設問(五)が最も難しそうですしね。興味のある方は、東大の過去問題集などを手許においてご覧下さい。


2011年の東大が選んだのは『十訓抄(じっきんしょう)』。鎌倉時代の説話集ですね。難関大学であっても、古文の問題に取り組む際、深い文学的知識は必要ないんですが、ある程度の基礎知識があると有利は有利です。ここで知っておいて欲しい知識は、「説話集には教訓(レッスン)が付いてくることが多い」ということです。そしてその「教訓(レッスン)」が問題として尋ねられることが多いということも、受験生としては知っておきたいところです。

十訓抄って確か説話集だよな
 ↓
とすると「教訓」が最後に付いている可能性が高いぞ
 ↓
どれどれ問題を見てみよう
 ↓
おっ!やっぱり最後の傍線部分の問題は「教訓」っぽいぞ
 ↓
教訓として説明してやればいいんだな

受験生にはそんな風に考えてもらえるといいなと思います。もし仮に「だめだ、文章の意味がよく分からない」と思った人も試験会場では粘りまくりましょう。

東大は親切にも「次の文章は『十訓抄』第六「忠直を存すべきこと」の序文の一節である」と前提的に説明を置いてくれています。「忠直」という言葉は耳にしたことのある言葉ではないでしょうが、忠実・正直なんて言葉が浮かべば十分でしょう。この記事を書いていて気になったので、今、小学館の『古語大辞典』で調べてみると、この「忠直」という語は掲載されていません。「よく分からないけど、ま、要するに「忠実かつ正直であれ」って言っているんだろうな〜。そういう方向で答案書いておきゃいいか!」なんて割り切れた人の方が、当日の出来は良かったかも。もちろん、ちゃんと理解・現代語訳できた上で解答する方がいいのは言うまでもありませんが(笑)。

さて、設問(五)の問題文はこうです。

「頼めらむ人のためには、ゆめゆめうしろめたなく、腹黒き心のあるまじきなり」(傍線部キ)とは、どういうことか説明せよ。

気を付けて欲しいのは、よくある「現代語訳せよ」という問題ではないことです。「結局、どういうことを言いたいの?わかりやすく説明してよね」と言われているわけですから、直訳的な解答はあまり喜ばれないのでしょう(直訳でもできれば大したものだと思いますが)。

この傍線キに至るまでの話を簡単に(意訳的に)まとめておきます。

何でもかんでも主君や親の言うことにしたがうのが忠孝ってわけじゃないんだよ、時には主君や親を諫(いさ)めることも大切だ。でも、主君・親・友人などを諫めるのって難しいよね。人間誰だって、自分の考えと違うことを言われるのって嫌だからね。下手すると、忠告することで自分の立場が悪くなるなんてこともありえるしね。でも、やっぱり意地悪な気持ちにならず、忠告を与えるべき時は与えてあげた方がいいね。

大体、人間って腹が立っているときは、人の言うことが聞けないもの。だから忠告するときは、穏やかにするのがいいね。目下の者がそうやって目上の者を助けるならば、国でも家庭でもうまくいくってもんなんだ。

うん、昔の人はいいことを言ってますね。ま、実行は非常に難しいですが……。


さて、ここからは、文法的・単語的な解説に移りましょう。受験生以外の人は面白くないと思うので、適当に飛ばしてください。

頼めらむ人
東大受験生であれば、これは瞬間的に文法的説明が思い浮かんで欲しいところです。「らむ」は現在推量・婉曲の助動詞だから……、なんておもった人は要注意。「らむ」は現在推量・婉曲の助動詞だけど、終止形(ラ変型動詞の場合は連体形)接続だから、ここは「ら」と「む」に分解して考えないとダメだ、と瞬間的に思えるまでに文法は勉強しておきましょう。実際、東大の問題で何度もこのパターンは聞かれていますしね。

「ら」は完了・存続の助動詞「り」の未然形
「む」は婉曲の助動詞「む」の連体形

そう理解できれば、完了・存続の助動詞「り」の接続が、「サ変動詞の未然形or四段動詞の已然形」であることから、動詞「頼む」が四段動詞の已然形であることも判明します。

なぜこんなことをしつこく言っているかというと、動詞「頼む」には、二つの活用があり、それぞれ微妙に意味が違うからです。具体的には、下記の通り。

四段動詞の場合は、「頼みにする・あてにする」
下二段動詞の場合は、「頼みにさせる・あてにさせる」

重要古語ですから、押さえておかねばなりませんね。結局、「頼みにしているような人」というのが逐語的な訳になります。

もう少し進んだ説明をしておきましょう。実は、「たのうだひと(頼うだ人)」という古語表現があります。意味は「頼りにしている人」つまり「御主人」。「頼みたる人」が転じて「頼うだ人」になったわけですが、この知識を知っていれば、かなり安心してこの入試問題が解けたであろうと思います。

実はこの語、前回ブログ記事にした「狂言」には、しょっちゅう出てくるセリフです。実際、前回ご紹介した「附子(ぶす)」にもバンバン出てきます。どうですか?古典芸能は受験にも役立つんですよ〜むふふふ(と誘う)。ま、難関大の受験生が呑気に古典芸能に親しんでいる暇もありませんから、ハンデにはならないと思いますが、教養を広げて損はないという話です。

そんなわけで、「頼めらむ人のためには」というのは、具体的には、「主君や両親のためには」ということを言っているわけです。

ゆめゆめ

これは基本中の基本。陳述の副詞ですね。文末に禁止表現をともなって強い禁止の意を表します。この問題文では、禁止の助動詞「まじき」と対応して、「決して〜してはならない」という意味になります。

うしろめたなく

「うしろめたし」だったら重要古語だから「心配だ・不安だ」って知ってるんだけどな〜。「なし」が付いているから逆の意味なんだろうか?「心配ない・不安がない」ってこと?と考えた人は東大の出題者の罠にまんまとはまっています(笑)。

実は「なし」という語は、状態を表す接尾語。つまり、「うしろめたなし」という語は、「うしろめたし」な「状態である」という構成になっています。つまり、意味としては「うしろめたし」と全く同じで、「心配だ・不安だ」ということになります。

古文で「なし」という表現は、「無し」という否定の意味で使われることもあれば、上記のように「状態を表す接尾語」として使われることもあり、結構受験生泣かせです。要注意。

腹黒き心の

これは現代語とほぼ同じですから、あまり問題はないでしょう。「意地悪い心」のことです。「の」は主語を表す格助詞。

あるまじきなり

ここも基本的でしょう。先述の通り、「まじき」は禁止の助動詞。「なり」は断定の助動詞です。「あってはならないのだ」という意味になります。

結局、傍線部分の逐語的な訳は、「頼りにしているような人のためには、決して不安であったり、意地悪な心があったりしてはならないのである」ということになります。


で、受験生としては、解答をどう書くかが問題です。上述の通り、「現代語訳せよ」ではなく「説明せよ」という問題ですからね。

思うに、「頼りにしているような人」という直訳的表現では、高得点は望めない気がします。前後の文脈あるいは先程説明したような知識から、より具体的に「主君や親」「目上の人々」という表現が求められているのでしょう。

また、「不安であったり、意地悪な心があったりしてはならない」というのも堅すぎるでしょうね。ここで思い出して欲しいのは、この記事の最初に説明した「忠直たれという教訓」がこの部分に現れている可能性が高いということです。とすれば、解答はこんな風になるでしょう。

「主君や親に対しては、よこしまな心を捨て、誠実にお仕えするべきだということ。」

東大国語の解答欄は、京大国語と対照的で、非常に行数が少なく、この問題も一行程度で解答しなければなりません。本来ならもう少し本文の要約的な部分を付け足したいところですが、ここらへんでガマンするべきでしょう。

難関大学入試の場合、一行の解答を作るにも、なかなか骨が折れるものだということがお分かりいただけるかと思います。来年以降の受験生も合格を目指して頑張ってくださいね。