東大寺学園中学の入試国語漢字問題

入試まで後二ヶ月とあって、来る日も来る日も仕事に追われております。生徒さんに合格へと一歩でも近づいてもらうべく、頑張る日々です。

そんなわけで、毎日入試問題に触れているわけですが、中学入試であれ大学入試であれ「漢字書取問題」は頻出です。大学入試ではそれほど重視される分野でなく、合否を決する問題とは言い難いんですが(高度な読解力や表現力こそが大切)、中学入試ではかなり重要な出題分野となっています。得点も結構大きく割り振られていることが多いですしね。

特に読解が苦手な受験生は、「漢字書取問題」や「慣用句問題」といった知識を問う問題で得点しておかないと、どこで得点するんだということになります。もちろん、知識問題だけで合格できるほど甘い世界ではありませんが、単純な努力でカバーできるところは、落としたくないところですよね。

そうした観点から「漢字書取問題」を見ると、ほとんどの中学校は「ごくごく当たり前の努力」を受験生に要求していることがわかります。とりわけ難しい語句が出てくるわけではないので、真面目にこつこつと漢字の問題集をこなしておけば、きちんと得点できるわけです。これを落とすようでは合格はおぼつかない。

ただ、そうした範囲を越えて、「漢字書取問題」にも「高い語彙力」を求めてくる中学校があります。「そもそもありきたりの熟語なんて書けて当たり前なんだよね、ウチはそんな単純問題なんか出さないよ」式の強気の学校です。

そうした学校は、「小学校で習う漢字で書けるけれど、語彙力がないと絶対に書けない熟語」を見事にチョイスしてきます。その代表は東大寺学園中学。毎年、本当に良い漢字書取問題を出して来られるんですよね。正直に言えば、とても私好みで例年楽しみにしております。出題される熟語に国語科の先生方の器量や御尽力がほの見えると申しますか。

東大寺学園中学・高校に通っている生徒さん達の話を聞くに、私が入試問題から想像する国語科の先生方の像と実像はそう遠く隔たっていない気がします。

百聞は一見に如かず。「漢字書取問題」でありつつ「語彙問題」でもあるという問題、小学生6年生にはなかなかハードではありますが、本年度(2022年・令和4年)の問題をご紹介いたしましょう。

大人の方も、是非チャレンジしてみて下さい。頭の中で答を想起するだけでは駄目ですよ。漢字はとても「フィジカル」なものです。鉛筆と紙をご用意のうえ、実際に書いてみて下さい。大人ですから、満点以外は不合格と致しますね(笑)。

以下、東大寺学園中学2022年(令和4年)入試・国語問題より引用。

[1]〜[10]のカタカナ部分を漢字に書き改めなさい。

[1] あまりに息子の態度が悪く、怒り シントウ に発する。

[2] 行政には、カダン な対応が求められている。

[3] 思いがけず、これが二人の コンジョウ の別れとなってしまった。

[4] すばらしい演劇だったが、中でも最後の場面は アッカン だった。

[5] 無事に病が治ったので、見舞いに来てくれた知人に カイキ 祝いを送る。

[6] ずいぶんと ネンキ の入った道具ですね。

[7] ロギン も使いはたしてしまったので、旅はもう終わりだ。

[8] 学生時代の友人に会って キュウコウ を温めた。

[9] ゲントウ の中、雪にたえて咲く花は美しい。

[10] 次の大会は フタイテン の決意で臨みたい。

 

 

 

 

 

 


問題はここまで。いかがでしたでしょうか?スラスラ全部書けた人以外は中学受験生を尊敬して下さいね!

それでは解説と参りましょう。漢字や語彙の面白さに目覚めて欲しいので、細かめに書いておきますね。


[1] あまりに息子の態度が悪く、怒り シントウ に発する。

正解「心頭

「心頭」の意味は「こころ、心中」。「怒り心頭に発する(はっする)」というのは慣用句的表現で、「激しい怒りを抑えきれなくなる」という意味です。

ただ、文化庁のかつての発表によると、この言い方を使う人は23.6%、間違って「怒り心頭に達する」を使う人が67.1%との由。どこでそんな表現習うんだよという感じですが。


[2] 行政には、カダン な対応が求められている。

正解「果断

「果断」とは「思いきって物事を行うこと」です。決断力のある様子ですね。現内閣への批判を込めた出題?いや、それは深読みしすぎですか(笑)。


[3] 思いがけず、これが二人の コンジョウ の別れとなってしまった。

正解「今生

「今生」とは「この世、この世に生きている間」という意味。「今生きている人生」ぐらいに理解しておけば書きやすいんじゃないかと思います。「今生の見納め」「今生の別れ」なんて表現がよく使われますね。多分「根性」なんて解答を苦し紛れに書いた受験生が多かったのではないかと想像します。


[4] すばらしい演劇だったが、中でも最後の場面は アッカン だった。

正解「圧巻

「圧巻」とはもともと「書物の中で最もすぐれた詩文」を指します。そこから転じて「作品全体の中で最もすぐれていて一番の見もの・聞きものになっている部分」を言います。この間インド映画『RRR』を見てきたんですが、最後のアクションシーンは圧巻でした、って関係ないですね。

語源も説明しておきましょう。中国の科挙(高級役人採用試験、超難関)で一番良い答案は他の答案を「圧する」ように上に重ねたらしいんですが、科挙の時代の答案は「巻物」なんですよね。だから「圧巻」。


[5] 無事に病が治ったので、見舞いに来てくれた知人に カイキ 祝いを送る。

正解「快気

これは大人でも結構誤りそうな問題ですね。回復したんだから「回帰」だったかなとか。正解は「快気」で「病気が治ること」を意味します。「回忌祝い」なんて書いたら激怒されても文句は言えませんね。


[6] ずいぶんと ネンキ の入った道具ですね。

正解「年季

これまた大人が間違えそうな問題です。「年季」だったっけ?「年期」だったっけ?正解は「年季が入る」で「経験が積み重なること」もしくは「長年使って古くなる」という意味になります。問題文は、半ばあきれ・半ば尊敬の混じった感じでしょうかね。「えらい古い道具持ってきよったな〜、でもすごいな〜」みたいな。

「年期」は「一年を単位として定めた期間」という意味で、「年季」と同様としている辞書もありますが、少なくとも「ネンキが入る」という表現については「年季」の方が良いでしょう。

というのも、「年季」というのは本来「奉公人を雇うときに約束した年限」を指すんですよね。歌舞伎や文楽を見ていると「年季奉公」「年季勤め」なんてありますよね。

「白浪五人男」で「浜の真砂と五右衛門が歌に残せし盗人の種ぁは尽きねえ七里が浜、その白浪の夜働き、以前を言やぁ江の島で年季づとめの稚児が渕、百味講で散らす蒔銭を当てに小皿の一文子……」っていう台詞がありますよね。もちろん私は全文空で言えるんですけれど(笑)、あのイメージです。「年季づとめ」って、かなりの期間にわたって労働に従事している感じがあるんですよね。だから「年季が入る」が良いわけです。


[7] ロギン も使いはたしてしまったので、旅はもう終わりだ。

正解「路銀

はいはい、知ってますよ、菅ちゃんと宇治原君のコンビね。それは「ロザン」ですね。じゃあしょぼいTVプロデューサーなんかが「昨日さぁ、ザギンでシースー食ってさぁ最後はメーランで締めてさぁ」って言うやつですか?それは「銀座」の隠語ですね(思いきり偏見入ってます)。

冗談はさておき、「路銀」とは「旅費」の古風な表現です。本問からは離れますが、費用って「お金」なんだから「路金」の方がいいのでは?と思われた方、鋭いですね。「路金」という同義の熟語も存在します。

じゃあなんで「路銀」の方がポピュラーなのか。これはどうして「金行」じゃなくて「銀行」なのかという問いにも通じます。以下は私の想像も含めて。江戸期を通じて日本の経済首都は上方・大坂だったわけですが(もちろん政治首都は江戸)、江戸期の大坂は「銀本位制」だったんですよね。そこから、「銀」には「金銭」という意味が生まれてくるわけです。

実際、日本国語大辞典を見ると「銀」の語義にこう記されています。「(上方で主として銀貨が貨幣として用いられたため)貨幣一般。金銭。かね。」おそらくはそうした言語感覚から、「路銀」「銀行」なんて言葉が一般化したのだろうと考えています。


[8] 学生時代の友人に会って キュウコウ を温めた。

正解「旧交

これは「古くからの交際、昔からの友だちづきあい」として漢字も書きやすかったのではないかと思います。ただ、これと「温める」という語の親和性が高いということも知っておいて欲しいところ。

「旧情」とか「旧歓」なんかもほぼ同義の言葉で「温める」と一緒に用います。漢検の上級を受ける人なんかは「久闊を叙する」なんていう同義の表現も知っておくといいですね。


[9] ゲントウ の中、雪にたえて咲く花は美しい。

正解「厳冬

これも書きやすかったかと思います。「厳しい冬」だから「厳冬」です。ただ、この問題、「玄冬」の可能性は排除できないですね。冬の異称として「玄冬」という言葉がありまして、そちらも意味が通りますから。苦し紛れに書いた受験生は正解になっていたかも。


[10] 次の大会は フタイテン の決意で臨みたい。

正解「不退転

これはいい問題ですね。「不退転」とは「信念を持ってあとに引かないこと」。この言葉を知らないと正解には至らないかと思います。

「修行でたどり着いた境地から転落する」という意味の仏教語「退転」という言葉がもとになっているらしいんですが、もちろんそんなことは知らなくてもOKです。むしろ、文法的に見て「退かない・転がらない」という強い決意を示す言葉だと理解しておけば、覚えやすい熟語だと思います。大抵の場合「不退転の決意」という表現で用いられますので、そのフレーズで覚えていただければ。


合格者の正答率がいかほどかは知りませんが、私の感覚から言えば、東大寺学園受験生ならやっぱり7問ぐらいは正解して欲しいかなと思います。正解が5問以下だった人は漢字の練習もさることながら、語彙力増強の必要がありますね。

「語彙の多いは七難隠す」と昔から申します。いや本当は私が今考えたんですが(笑)、受験生は語彙も軽視せず頑張って下さいね。応援しています。