ちょっと前、西宮市の市長が新聞記者に向かって「殺すぞ」と発言したという報道がありました。
市長の経歴を調べてみると、大学・学部の後輩で、3歳しか違わないので、彼とはおそらく学内ですれ違っていただろうと思います。もしかすると、同じ授業を受けていたりしたかも。
確かに、彼が今置かれている首長という立場を考えれば、「殺すぞ」という言葉が「暴言」と評されることは、やむを得ないと思います。
ただ、マスコミ側の取材姿勢にも問題はあったようで(市長は同記者が休日に自宅に侵入したとしています)、部外者から見ると、どっちもどっち、喧嘩両成敗でいいんじゃないの?とも思えます。
もちろん、この事件を報じるのはマスコミ側ですから、首長側の事情を斟酌しているような報道はあまりなく、大体はマスコミ擁護的な報道が多かったように思います。「公権力による言論の封殺」・「脅迫的な言辞による報道の自由の侵害」みたいな感じの伝え方ですね。
そうした側面を否定はしませんが、市長も一人の人間として、腹に据えかねていたんでしょう。国語塾運営者としては、記者に対して、もう少し洗練された言い回しをしておけばよかったのではないか、なんて思うんですけどね。
京都弁に「ぶぶ漬けどうどすえ?」という表現があります。直訳すれば「お茶漬けはいかがですか?」という意味なんですが、文化的に成熟しすぎて屈折した表現の多い京都文化のことですから、文字通りに捉えることはできません。
この「ぶぶ漬けどうどすえ?」は、こちらの都合も考えず無神経に長居する客に対して、「いい加減、迷惑をかけていることに気付いて早く帰りやがれ」という趣旨で使う言葉だとされています。
(私もこの表現を使う人や使われた人を実際に見たことはありません。巷では一種の「都市伝説」ではないかと言われることもあるようですが、そのような「都市伝説」が成立すること自体が、京都人気質や京言葉の機微を表していると思います。そんなわけで、この表現が実際に存在するものとして話を進めます。)
で、この種の「ぶぶ漬け式表現」なんですが、私は非常に便利なものだと思うんですよね。
まず、本来の趣旨が伝われば、発話者はあまり角を立てずに所期の目的を達成することができます。長居する迷惑な人に「あ、すみません、もうお暇しますね。」と言ってもらえる。
次に、相手が「ぶぶ漬け式表現」を字義通りに捉えてしまった場合。「ああ、ちょうどお腹が空いていたんですよ、悪いですね〜、一杯お願いします!」みたいな(笑)。
この場合、発話者は相手を徹底的に心の中で罵倒することができます。心の中で思いきり相手を嘲笑して鬱憤を晴らすわけです。「文化のかけらも持たぬ愚鈍な奴め。洗練された表現や機微を何一つとして解せない田舎臭い奴め。」
「○○というお方はとてつもないお人ですわ〜、ほんまに『ぶぶ漬け』下さいて言わはりまして、わたし、もうお腹がよじれそうどしたわ〜。」気心の知れた人がいれば、そんな風に伝えて格好の話のネタにするかも。狭い京の町こと、あっという間に「○○さん=あほの極み」という噂は広がります。
すんごく意地悪。京都人、怖えええ。ただ、こうした「ぶぶ漬け式表現」を取ることができれば、相手がどちらに転んでも、自分が大きく損をすることはありません。
諸外国でも古い歴史を有する都市には、この種の表現が多いという話を聞いたことがあります。やはりそれは、その種の表現が都市人にとって有用だったからではないかと思う次第。
私は生粋の大阪人ということもあって、通常の生活で上記のような屈折的表現をしようとは思いません。できるだけ、はっきり素直な物言いをしようと心がけています。小学生と話す機会も多いですしね。
ただ、いざという時、こうした表現を多数持っているということは、なかなか有効なのではないかとも思うんですよね。西宮市の市長も、こうした類いの表現をすればよかったんじゃないか。
では、具体的にはどんな表現をすればいいのか?
大阪人はこういう時、「お前、南港に連れてったろか?」とよく(?)言います。大阪の南港というのは、その道の人が他人を殺めた後、死体をコンクリート詰めにして放り込む場所というイメージがどこかにありまして(思いっきり偏見ですが)、それを前提にした表現です。平たく言えば「殺すぞ」と同義であるわけですね。はい。
今回は兵庫県西宮市ですから、「ポーアイ(ポートアイランド:神戸の埋立造成地)沖に行くか?」とか「六甲山の深夜ドライブ、連れてったろか?」というのが妥当なのではないか(笑)。
相手が鋭敏な記者なら、こちらの真意に気付いてくれるでしょう。しかも、マスコミ側からは「言論の封殺だ」などという反論がしにくい。もしそういう風に攻撃されたら、「は?何言うてんの?仲良くなりたいから、誘ってるだけやのに……。」と言えばいいわけですしね。
また、真意を全く理解してくれない場合は、相手を見下して冷笑することができます。「ほんとにバカな記者だな……。プププ。」加えて、記者の中には真意を理解できる人も多いはずですから、「○○新聞の記者ってアホやな〜」と社会的評価を下げることすらできる。
私、ひょっとしたら政治家のブレーン向きかも。でも、今の仕事が忙しいので、お声掛けはご遠慮下さいね(笑)。