少し春ある心地こそすれ きさらぎつごもり

随分暖かくなってきました。寒いのが極度に苦手な私としては、本当にホッとする時期です。この時期、このブログのサーチワードを見てみると、「少し春ある心地こそすれ」という言葉がちらほら見られるようになってきます。

少し春ある心地こそすれ – Google 検索

Googleはこのブログを結構評価してくれているようで、何かテーマを持って記事を書くと、上位で紹介してくれるようになってきているんですが、以前書いた下記の記事も、重要視してくれているようです。『枕草子』については何も書いていない記事なので、拍子抜けされるのは必至なんですが……(笑)。

菜の花 少し春ある心地こそすれ:国語塾・宮田塾のブログ

そんなわけで、今日は清少納言の『枕草子』について少々。


この時期、「少し春ある心地こそすれ」(ちょっと春になった気がする)という言葉がふっと脳裏に浮かぶ人は、なかなかの古典文学通じゃないでしょうか。清少納言『枕草子』第106段に見られる表現です。原文は次の通り。

清少納言『枕草子』第106段

きさらぎつごもりごろに、風いたく吹きて、空いみじく黒きに、雪すこしうち降りたるほど、黒戸に主殿司きて、「かうてさぶらふ」と言へば、寄りたるに、「これ、公任の宰相殿の。」とてあるを見れば、懐紙に、

すこし春ある心地こそすれ

とあるは、げに、今日のけしきにいとよう合ひたるを、これが本は、いかでかつくべからむと思ひわづらひぬ。「たれたれか。」と問へば、「それそれ」と言ふ。皆いとはづかしき中に、宰相の御いらへを、いかでかことなしびに言ひ出でむと、心一つに苦しきを、御前に御覽ぜさせむとすれど、上のおはしまして、御殿ごもりたり。主殿司は、「とく、とく。」と言ふ。げに遅うさへあらむは、いと取りどころなければ、さはれとて、

空寒み花にまがへて散る雪に

と、わななくわななく書きて取らせて、いかに思ふらむと、わびし。これがことを聞かばやと思ふに、そしられたらば聞かじとおぼゆるを、俊賢の宰相など、なほ内侍に奏してなさむ、となむ定めたまひし、とばかりぞ、左兵衛督の、中将にておはせし、語りたまひし。

意味が分からない?全然OKです。難関大学の受験生でも初見だとかなり手こずるに違いない文章ですから。時間もないので、このブログでは気楽に概要をご説明しましょう。


二月末日、天気の悪い日。雪がチラホラと降っています。清少納言のところに主殿司(とのもりづかさ)がやってきました。何事かと思うと、偉い人の手紙を持ってきています。手紙には、「すこし春ある心地こそすれ」(ちょっと春になった気がする)と書かれてあります。

声に出して読んでみると分かりますが、「すこし春ある・心地こそすれ」というのは、七音・七音になっています。つまり和歌の下の句が提示されているわけです。これはもちろん、上の句、五音・七音・五音を付けろ、という文学的な挑戦(またはテスト)であります。

清少納言がこの手紙の返事を待っているのは誰なの、と尋ねたところ、待っているのは「皆いとはづかしき」人ばかり。つまり、偉い身分の人が返事を待っています。塾の生徒の質問ぐらいなら、瞬殺だぜ!という感じなんですが、さすがに偉いさんばかりだと、ちょっとひるみますよね(笑)。

「すこし春ある心地こそすれ」という下の句は、今日の空模様にぴったりなので、こちらも的確な上の句を付けねばなりません。はっきり言えば、この句一つで、アホか賢いかがはっきりと評価されてしまいます!本当ならお仕えしている中宮様(天皇の正妻)に相談申し上げたいところですが、中宮様はお取り込み中。しかも相手は「早く早く~」と急かしてきます。どうする、清少納言!

下手くそな上に遅かったら目も当てられないわ、せめてスピーディーに行かなきゃ!えいままよ!と書いた上の句は次の通り。

空寒み花にまがへて散る雪に

「空が寒いので、花が散ってくるのかしらと見間違うほどに、雪が散って参ります」といった意味ですが、先程の下の句と合わせれば、「空が寒いので、花が散ってくるのかしらと見間違うほどに、雪が散って参ります。この雪を花と見立てれば、ちょっと春が来たような気がいたします。」という意味になります。

うまい!さすが清少納言!彼女は和歌のインテリ家系出身ですから、面目躍如といったところです。しかもこの表現、実は白居易の漢詩から取られていまして、才気走ったところを存分に見せつける上の句となっています。

ただ、ここからが清少納言らしい記述になっています。

ある人なんかは「こりゃ、凄い才能だ!やっぱり帝に申し上げて内侍にしないとなぁ!」言ってたらしいのよね~、というのが、最後の部分の大意。内侍(ないし)というのは、天皇の側近に奉仕した女官で、いわばエリート階級。

最後の部分は(彼女が本気にしていたかは別として)、自慢で締めくくられているわけです。私なんかは、「やっぱりまた自慢かい!」とツッコミたくなるんですが(笑)、これもまた清少納言らしいところです。

明日からもう三月、「すこし」ではなく「本格的な」春がはやく来て欲しいところです。