不合格者の多くは自分で勝手に落ちていく

東京オリンピック・パラリンピックも終了しました。コロナ感染拡大防止の観点から、本当に開催すべきだったか大いに疑問は残りますが、総選挙が終われば問題は残された多大な負債処理の方に移行するでしょうね。

私は全くと言っていいほど感染しなかったので、違った、観戦しなかったので、私以外の国民で負担してくれないかなと(笑)。

冗談はさておき、高校の頃ある先生が授業中に仰っていたことを思い出します。曰く、「オリンピックなんて限られた先進国・富裕層の遊びだ。アフリカの奥地なんかをくまなく探していけば、金メダリストより遥かに陸上の素質のあるやつがいるはずだ」と。

そうなんですよね、スポーツって基本的には豊かな生活があった上での一つの娯楽ですから、逆に言えば貧しい環境下ではスポーツなんて問題外になりますよね。いくら素質があってもトレーニングできる環境や試合に出場する機会がなければ、スポーツ選手として開花することはない。

よく考えてみると(というかよく考えなくても)、これって勉強や入試の世界にも同じことが言えるように思います。

いわゆる難関大学に受かるだけのポテンシャルを持っている人は、世の中に多くいるはずなんですが、経済的事情や、家庭的背景・文化的背景からそういう方向に進まなかった(というか進学を考えもしなかった)人も多いはずなんですよね。

突き詰めていくと教育政策や社会政策、もっと言えば哲学的課題に逢着してしまう話なので深入りは避けますが、いわゆる難関大卒の人々には、そうした観点も必要じゃないかなと思っています。


塾ブログなので、もう少し卑近な話に引き寄せておきましょうか。

私が常々もったいないと思うのは、ポテンシャルがあり、経済的環境にも家庭的環境にも恵まれているのに、自ら不合格へと突っ走ってしまう受験生なんです。

好きなだけ勉強して未来を切り開くだけの環境が用意されていて(当塾もそのお手伝いをさせていただいております)、家族の皆も勉強を応援してくれる。それを活かすだけの能力も備わっている。なのに、なぜか勉強に身が入らないとのたまう。やれ周囲の音がうるさい、やれ体調が悪い、やれ友人関係が気になる……。

もうね、どれだけ贅沢なのかと一時間ほど説教してあげたい気持ちになりますよね(笑)。周囲の音がうるさかろうが、体調が悪かろうが、友人関係で悩みがあろうが、そんなのはどうでも構いません。志望校の合格と何か関係があるんですかと一時間ほど説教……、いやいや説教しすぎですか。でも、ブツブツ文句を言っている間に単語の一つでも覚えられますよね。

とにかく勉強できる環境に恵まれた人は、本当に真剣にやってほしいと思います。それが自分の未来のためであるのは勿論ですが、それだけではなく、やりたくてもやれなかった人への礼儀でもあると私は考えます。

データがあるわけではないので、あくまで感覚的な話ですが、上記のような感じで志望校不合格の憂き目を見る人はかなり多いように思います。もしあなたが恵まれた環境に置かれている大学受験生なら、その環境を作ってくれた人たちに感謝して全力で頑張って下さいね。 いや、ホントに。