マン島TTレース – 父と息子と

最近、困ってしまうほどモーターサイクルスポーツ観戦が楽しすぎます。と言っても、ご興味のない方には何が面白いのか全くお分かり頂けないかとは思うんですが、あえて書きたいマン島TTレースの話。

今年も5月末から6月頭にかけて、最も権威ある公道モーターサイクルレース「マン島TTレース」が行われました。無事終了、と言いたいところですが、ことこのレースに関しては、死者を出さずに終わることが稀なレース。ほぼ毎年命を失う人が出ますが、今年もまた複数亡くなったとの由。

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それはそれとして。

どんなスポーツでもそうでしょうが、背後にある人間関係やひたむきな思いを知ることで、その競技を見ることが数段面白くなりますよね。

マン島TTでは、レギュレーションによって分けられたいくつかのレースが開催されるんですが、今年2016年は、花形である Superbike TT も Senior TT も 27歳のマイケル・ダンロップが制しました。しかも史上最速記録を叩き出しての優勝です。文句なしの王者。

‪Michael Dunlop hunts down Bruce Anstey in the 2016 Senior TT Race‬

彼の叔父は公道レース界の伝説的王者、ジョイ・ダンロップ。父親もマン島TTレース優勝者であるロバート・ダンロップ。いずれも、レース中の事故で世を去っています。

ダンロップ家にとって、公道レースは「家業」なのであると、ドキュメンタリー映画「Road」では解説されていましたが、どえらい家業です。

この映画の中で、マイケル・ダンロップがインタビューを受けているんですが、父の死について尋ねられるシーンがあります。普段は強気な感じのマイケルが、この時だけは言葉を失い、目を真っ赤にして唇をわなわなと震わせる。父と息子の強い絆を感じさせるこのシーン、私は涙を抑えることができませんでした。雄弁は銀、沈黙は金。

父が落命した翌日のレース、兄であるウィリアム・ダンロップも、弟であるマイケル・ダンロップも、その心理的状況に鑑み、出場を主催者に禁じられるんですが、二人とも出場を強行します。

このあたりはドキュメンタリー映像を見ていただくとよく分かるんですが、悲愴な表情でマシンをスタート地点に押してくる二人を誰も止めることがことができません。

兄ウィリアムはマシンの不調でスタートできませんでしたが、弟であるマイケルは、怒濤の疾走で初優勝を飾ります。このあたりも映像で見ないと分からないんですが、ギリギリのブレーキング、コーナー出口での異常なアクセルの開け方、いずれもが死を覚悟しているとしか思えないほどです。おそらくは、本当に死を覚悟した「弔い合戦」だったのでしょう。

勝利を伝えるアナウンサーの「Unbelievable! Absolutely Unbelievable! Tears of joy!」という上ずった声は、レースを見つめる人々の偽らぬ感情だったろうと思います。

そして2016年。公道レースの堂々たる覇者として君臨する息子を、父が天から暖かく見守っているかと思うと、このレースの味わいは更に深まるように思います。

ドキュメンタリー映画「Road」は、モーターサイクル・レースの物語でありながらも、その本質は「父と息子・兄と弟の物語」。そういう意味で、普遍的な物語であり、感動的な詩であると思います。ちなみに、ナレーションはリーアム・ニーソン。抑制された語り口がこのドキュメンタリー映画にとても合っています。彼もモーターサイクル・ロードレースのファンの一人。

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