マン島TTレースの季節

今日はモーターサイクル、マン島TTレースの話。

Sound Incredible – ISLE OF MAN TT

– – 200mph – Street – Race – SPECTACULAR~TT – Isle_of_Man_TT

私、カーレースには何の興味もないんですが、モーターサイクルのレースを観戦するのは大好きです。ヨーロッパでは特にバイクのレースが盛んで、数々のバイクレースが開催されています。世界最高峰のMotoGP、市販車ベースのWSB(World Superbike Championship)などなど、YouTubeで関連動画を見ては楽しんでいます。

私が思うに、バイクって究極のマシンなんですよね。極限まで無駄をそぎ落とし、走るために必要な物しか装備されないマシン。特にレーシングマシンは、数グラム単位で減量され、スピードを出すこと、ただそれだけに特化したマシンで、人間の作った物体のなかで最も美しいものの一つだとすら思っています。

そんな「美」を体現するマシンを、命を賭けて限界のスピードで操る男達が美しくないはずがありません。究極のエクストリーム・スポーツ。

当たり前のことですが、バイクのレースは通常、サーキットで行われます。モータースポーツに興味をお持ちでない方も、そうお考えでしょう。徹底的に手入れされており摩擦係数が非常に高い路面、安全性を考えて作られたエスケープゾーンなど、(危険なスポーツであることは否めないものの)安全性を高める工夫がなされています。

しかし、しかし。

ヨーロッパには、ある意味、異常なモーターサイクル・レースがあります。その名は、マン島TTレース (The Isle of Man Tourist Trophy Race)。マン島の「公道」を閉鎖して行われる、世界最古、世界最高、究極のエクストリーム・レースです。実施は例年5月〜6月。

バイク好きな方なら、誰もがご存知のレースですが、少しご説明しましょう。

1907年(106年前、明治時代!)から開催されている。

イギリス王室属国(自治権があるらしい)のマン島(Isle of man 淡路島ぐらいの大きさ)の公道を閉鎖して行われる。

コースは1周60km。クラスによるが3周(180km)〜6周(360km)。もちろんライダー交替はなし。

コーナー数は230程度。オンボード映像を見ると分かるが、トップレーサーは全ての走行ラインを頭に叩き込んでいる。

最高速度は時速約330km。平均時速200km以上。

サーキットではなく一般住民の利用している公道なので、路面状況がサーキットとは比べものにならないほど悪い。路面の凹凸からバイクが「飛ぶ」パートすらある。細い道でエスケープゾーンもなし。ライダーが走っている真横が石壁だったりする。コースアウトや事故は即死につながる。

1907年から2009年までで239人のライダーが亡くなっている。

事故死者数からお分かりのように、極めて危険なレースです。バイクの性能は年々向上していますが、コースには大きな進化がないことがその理由の一つでしょう。

それ故、レース廃止の噂が常に流れるようなんですが、依然としてこのレースはモータースポーツ界に屹立し続けています。

日本だと絶対に実施が認められないレースだと思うんですよね。ほぼ毎年、確実に死者が発生するわけですから。しかし、マン島では100年以上の長きにわたりこの「文化」が維持され続けている。

これはやはり「自己決定」という概念に対する彼我の差なのだろうと思います。誇りのために命を賭けたいという者がいるならば、もし仮に死ぬ危険性があったとしても、他者や権力があれこれ口出しすべきではない、パターナリスティックな制約は馬鹿げているという考えが、このレースには横溢しているように思えます。こういう考えは西欧の良い側面ですね。

正直に言って、マン島TTレーサーに経済的な見返りはなさそうに見えます。トップレーサーでも普段は自動車工場で働いていたりしますから。狂気に駆られたような彼らの走りは、正に「誇り」によってのみ支えられているのでしょう。(実際に見たことはありませんが)欧州中世の騎士という人種は、こういう男達ではなかったろうかと思うのです。


現在、このレースで走っているほとんどの二輪車は日本車です(その他のバイクレースでも然り)。ホンダ、スズキ、ヤマハ、カワサキ。これは日本人として誇れることだと思うんですが、何故か学校では教えないんですよね……。工業製品としての二輪車が世界を席巻していることは、物作りを得意とする(&せねばならない)この国の模範だと思うんですけどね。

そもそも、ホンダが世界に羽ばたいたのもこのレースに優勝したからこそ。ホンダの公式ウェブサイトに、昭和29年、本田宗一郎が飛ばしたマン島TTレースに関する檄文が掲載されているのは、彼らがここにこそホンダのDNAがあると考えているからだろうと思います。

いつかこのマン島の地を踏んで、実際にTTレースを見たいと思っているんですが、いつになることやら。安全なスピードのトコトコ運転で十分ですので、何周かツーリングもできれば最高なんだけどなぁ。

<2013.05.28 追記>

日本人の松下ヨシナリ氏がプラクティス中の事故で亡くなられたとの由。ショックです。3月の大阪モーターサイクルショーでもお見かけし、健闘を祈っていたんですが……。ご冥福をお祈り致します。