読書感想文が読書嫌いを増やす
夏休みの頃になるといつも書こうと思いつつ忘れてしまう事柄について書こうと思います。読書感想文の話です。もう夏休みは終わってしまいましたけれど……。
例年7月・8月頃、生徒さんから読書感想文の書き方を教えて欲しいという依頼があります。学校で宿題として読書感想文の提出が求められるんでしょう。
個人的には、読書感想文なんて全くと言っていいほど教育的効果の期待できないものだと思っているので、あまり気乗りはしないんですが、生徒さんの書いてきたものを見せてもらって、適宜アドバイスを行っています。
もちろん、私も大人ですから、「こんなのは意味がない」なんてことを生徒に言ったりはしません。折角努力して書いてくれているんですから、個人的な感情はおくびにも出さず、少しでも文章力を身につけてもらえるよう尽力するわけです。
ただ、「こんなのを書かせても、読解力養成にも記述力養成にもほとんど役に立たないよな、もっと他の方法があるだろうに」という気持ちがぬぐえない。諸外国がどういう指導をしているのかは知りませんが、この読書感想文制度、日本の国語教育の悪弊じゃないかと私などは思ってしまいます。
読書嫌いな子なら、本を読むだけでも大変な苦労なのに、それを元に原稿用紙4枚分の感想文を書いて来いなんて言われた日には、「読書嫌い」が「読書憎悪」に進化?してしまいますよね。
読書好きな子にしても、わざわざ感想文を書かせられるのはやっぱり嫌なはず。感想文なんて書いている暇があれば、もっともっと本を読みたいんはずなんですよね。私も読書大好きっ子でしたが、学校から課せられる感想文を書くのは大嫌いでした。文章を書くのが嫌なのではなくて、課題図書があまりにも幼稚なものばかりで、うんざりしていたんですよね。
だいたい、真剣に感想文を書こうとすれば、かなりの読解力・構成力・記述力を要します。小説を深い部分まで読解する→求められる分量を考えつつ内容を構成する→要約にとどまらない個性をもった文章を書く、というのがおそらく出題者の意図するところであろうと思うんですが、そんなのを何の指導も無しに書けといっても無理です。正に絵に描いた餅。
いやそれでも子供たちには読書感想文を課すべきだ、どんな本を読んでも何らかの「感想」は浮かぶはずだ。小中学校の先生方には、そう言われそうです。
しかし、考えてもみてください。テレビで毎週放映されている一時間ドラマを見たら、毎回1600字の感想文を書かなくてはならないという法律がもしあったとしたら。どんなに面白いテレビドラマでも、ほとんどの人が見なくなってしまうと思います。少なくとも仕事や家事で忙しくしているまともな大人なら見ない(笑)。
そんなわけで、読書感想文という制度は、子供たちから読書を遠ざけ、読書嫌いを大量生産しているのではないかというのが私の考え。感想文を書かせるぐらいなら、好きな本を好きなだけ読ませてやるべきです。読書経験をできるだけ増やしてやる。乱読・雑読大いに歓迎。書く暇があれば読め。
米原万里の受けた教育
夏休みの宿題としては、その読書記録を提出させる方がよいのではないか。書名、筆者名、出版社名、読了日、星一つから星五つの評価ぐらいをメモに書かせて(これぐらいなら簡単だ)、夏休み終了後に提出させる。
たくさん読んできた子は褒めてあげればいい。そしていくつかの本については先生の方もコメントしたり、内容を話しあったりすれば面白いと思うんですよね。その子独特の考えや解釈に気付くのも楽しいことですし、コミュニケーションを取ることでその子の読書意欲もさらにかき立てられるでしょう。あ、もちろん前提として先生方もたくさん本を読まないとダメですよ。生徒にたくさん本を読めと言う以上、自分も読書に親しまなくちゃ。
この優れた具体例は、以前記事にしてみたことがあります。米原万里氏の話です。指導者も同じ本を読んでいて、その「内容」を子どもに問う。その問いに答える中で、子どもたちは言葉の力を高めてゆく。ここにおいて、子供たちにわざわざ「感想」を「書かせる」必要は全くありません。むしろ「書かれていた内容」について「口頭で」丁々発止とやりあう方が効果的でしょう。これこそ本当の読書教育だと思います。
次に、あまり読んでこなかった子に関してですが、それはそれで仕方がないのではないか。無責任に言っているのではありません。私の経験上、読書が好きでない子を読書へ振り向かせることはとても難しいんですよね。そもそも、ご家庭の人々が忙しい中でも寸暇を見つけて読書している姿を子供に見せないとならないのであって、学校側だけでは何ともしようがないところがありますから。
指導者側としてできることは、提出された少ない情報から子どもの興味対象を探り、それに応じた本を紹介してあげることぐらいでしょうか。興味分野に何らかの本がヒットして読書に目覚めることはありえますから。
誤解して欲しくないんですが、子どもが自発的に読書感想文を書きたいという気持ちになるなら、それはそれで素晴らしいことだと思っています。そんな奇特な子は何万字でも書いてくれていいんです。その場合は感想文を書くことが、記述力を強化することにつながるでしょうしね。指導者側も真剣に付き合ってあげればいい。ただ、「全員」に読書感想文を課すことは、読書嫌いの大量生産につながっていると思うんですよね。
読書感想文制度は制度疲労を起こしているのではないか
こんなことを言ったら怒られるかもしれませんが、今の読書感想文制度って制度疲労を起こしていて、もう腐臭が漂い始めているのではないか。
そもそも課題図書って何なんですか。読書好きで文章を書くのが得意な子(早熟な子と言ってもいいでしょう)からすると、幼稚すぎて読むのが逆に苦痛なはずです。読書対象なんて無制限でいいじゃないですか。『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読みましたとか、ジョルジュ・バタイユを読みました、とかがあってもいいと思います。さすがにそれはいないか(笑)。この場合、評価者側も真剣に勉強することが要求されますけれど。
ちなみに、青少年読書感想文全国コンクールには、課題図書は紙の書籍で読まないとダメというルールがあるそうで。つまり、電子書籍は不可。なんじゃそりゃ。出版社の売上げやら何やらの大人の事情なんでしょうか。
で、求められる感想文の方も、著しく定型化されています。「子どもには無限の想像力がある」と言いつつも、「大人の描く子ども像」「文部科学省推薦健全少年少女」から外れたものは評価されません。また、子どもの書いたプリミティブな文章では、コンクールで評価されないため、賞を獲得するような感想文は全部大人の手が入ってしまっています。つまり、「読書感想文コンクール」イコール「大人の作文コンクール」。これは笑い話なんでしょうか。
このあたりの事情を教えてくれる優れた記事を見つけました。学校で評価される読書感想文も同じように考えられるでしょう。当塾でいつも生徒に言っていることですが、「試験・制度にフィットしろ」という話の秀逸な具体例だと思います。どうせ書くならここまで徹底するぐらいのほうが気持ちいいですよね。
読書感想文全国3位が教える「賞を取る読書感想文の書き方」
悩める保護者さん
先日、スポーツジムで身体を動かしていると、横にいる人の話が耳に入ってきました。小学生の母親と思しき女性と老年男性の二人です。聞き耳を立てているんじゃないですよ、その二方の声が大きいので自然に耳に入ってくるんです。
息子の読書感想文のことで女性が老年男性に相談している模様。女性は塾に行って書き方などを教わるべきかどうかを尋ねています。男性がどんな返答をなさるのか興味津々で聞いていると、老年男性、「塾なんて全く無意味、金を取られるだけで何の意味もない」とやたらに塾をディスります。何か塾に嫌な思い出でもあるんだろうか……。
後から蹴りを入れてもいいですか?と聞きたくなりましたが(笑)、ガマンガマン。紳士たるもの知らん振りして筋トレしながら話の続きを聞きます。
「じゃあどうやって息子に読書感想文を書かせたらいいんでしょうか?」
「それはあなたが適当な所を読んでやって、『ここにこんなことが書いてあって、私はこう思う』という例を示してやりなさい。そうすれば、息子さんもそうなるはずだから。あとはそれを文章にしたらええんや。」
断言しますが、なりません。絶対になりません。
例を示されることで、自分の気になる部分を小説から摘出して、それに対応する言語化された感想を持てるなら、最初から感想文を書いていますからね。例を挙げたところで、お母さんの言うことをコピーして書くのが関の山でしょう。それはその子の感想文でも何でもありませんし、来年も同じことで悩むことになるでしょう。
あまり腑に落ちた感じのない女性ですが、さらに質問なさいます。
「どんな小説を読ませたらいいんでしょうかね?」
こういう時って、あまり読書していない人って夏目漱石を出すんだよな〜、それも『こころ』を出すことが多いんだよな〜と思いながら聞いていると、
「やっぱり夏目漱石がええやろな。『こころ』ぐらいでええんとちゃうか。」
あまりにビンゴで笑いをこらえるのに必死でした。でもこの女性、また来年も同じことで頭を悩ませる羽目になりそうです。ちなみに、お読みになった方はご存じかと思いますが、夏目漱石『こころ』は小中学生の読書感想文には(文部科学省的観点からは)全く適していない小説です。恋愛をうにゃうにゃめそめそと悩み、それを苦にして自死する二人の男の話ですし。
小中学生ならびにその保護者様へのアドバイス
とりあえずのアドバイス。
読書感想文をあんまり真剣に捉える必要はありません。真剣に書きたければ、もちろん書いていいんですが、どんなことを書こうかと悩みに悩むレベルなら、適当にこなして構いません。ネット上に転がっているひな形を利用するとか、いっそのこと文章を拾ってきて手を加えるとか。記述力は読書感想文以外の方法で伸ばしてあげる方が合理的でしょう。
読書感想文で悩む暇があったら、どんどん本を読もう!