音楽と政治と – 安室奈美恵, テイラー・スウィフト, カニエ・ウェスト

政治と音楽って無縁であるように思うんですが、現実はそうも行かないようで。

今年(2018年)の8月、翁長雄志・沖縄県知事の訃報を受けて、引退前の安室奈美恵が公式ホームページでコメントを発表しました。曰く、

「体調が優れなかったにもかかわらず、私を気遣ってくださり、優しい言葉をかけてくださいました」

「沖縄の事を考え、沖縄の為に尽くしてこられた知事のご遺志がこの先も受け継がれ、これからも多くの人に愛される沖縄であることを願っております」

直接面会した事がある人へのお悔やみとして、何もおかしなところはありません。むしろ、心のこもった言葉だと私は思います。

どう頑張って読解しても、前知事の政治的立場を支持・擁護しているとは考えられません。左派・右派といった政治的立場なんかを超えて、もっと大きな「沖縄のため」という一般的観点において、安室ちゃんは話している。

しかし、何とかして政治に繋げたい人がいるんですよね。前知事の政治的立場に批判的な人たちが、「安室は反日的だ」「安室はサヨクだ」などとのたまう。

でも、どう考えても安室ちゃん、ノンポリですよね。歌とダンスに一生懸命生きてきた彼女にとって、政治なんてどうでもいい物の一つだと思います。彼女を政治に巻き込まないで欲しいな。

個人的には、出産や離婚を経てからの歌の方が迫力があって好きなんですが、引退はとても勿体ない話。というか、ファンのためにはもちろん、彼女自身のためにも引退しない方が良かったと思うんだけどな……。今後、シレッと引退を撤回してくれるといいな、なんて思っています。


次は、テイラー・スウィフトの話。誰もが知っている世界的歌姫。私も彼女の歌は好きで、前作「1989」は結構聴いていたんですよね(最新作「Reputation」はあまり聴いていないんですが……)。

インスタのフォロワー数が一億オーバーという圧倒的な人気を誇る彼女、音楽面だけではなくファッション面でも強く支持されている、セレブの中のセレブと言えるでしょう。

今まで彼女が政治的発言をするという事は無かったんですが、中間選挙を前にした2018年10月7日、思いっきり政治的なツイートを行いました。こちらは先の安室ちゃんとは大きく異なり、完全に政治的立場を明らかにする発言。

私などは、ミュージシャンはあまり政治的な旗幟を鮮明にしない方が得だろうと思うんですが、テイラーほど影響力を持ってしまうと、陰に陽に「政治的立場」の宣明を求められるんでしょうか。

テイラーのツイートは民主党候補への投票を促し、共和党候補を非難するというもの。このツイートにより選挙人登録(米国では投票するには選挙人登録がいるのです)がかなり増加したようで、政治的な影響力は無視できないレベルでしょう。

この報を聞いた時、私などは一歩踏み出してしまったなと思ったんですが、良く考えてみると、テイラー自身および周囲のマネージメントに携わる人々もちゃんと考えた上での政治的宣明なのかなという気がしてきます。

彼女の音楽的な出自はカントリー・ミュージック。もともとは、美人だけどちょっと垢抜けないお姉さん、てな感じで売り出していた気がするんですが(ファンの人ゴメン)、近年はすっかり垢抜けたセレブ・オブ・セレブみたいな感じですよね。

これは音楽的な側面にも現われていまして、近年の作品は「都市型の上質なポップソング」と言えるものです。つまり、カントリー色はあまり感じられない作品になっている。

カントリー・ミュージックの最大の支持層は、「アメリカ中部や南部の、どちらかというと教養が乏しく低所得層に属する白人」ということになると思いますが(それがカントリー音楽の価値を毫も減じるものでない事は強調しておきます)、この層は共和党の支持層と大きく重なるはず。

とすれば、その層はもう切り捨ててもいいかな、というしたたかな計算がテイラーの側にはあるのではないかと。邪推しすぎかもしれませんが、今回の発言で売上げがそれほど下がるとも思えず、むしろ都市在住のいわゆる知的階層の支持を高めていきたいというところなのかもしれません。

前作「1989」の1曲目が「Welcome To New York」だったのも象徴的です。キラキラしたニューヨークがあなたを待っているのよ、という歌からは、都市に住まう自立した強い女性像が見えてきます。田舎でくすぶっている女性はどこにも見えてきません。

確かこの頃のワールドツアーのオープナーもこの曲だったはず。ライブショーをiTunesで半分ぐらい見たんですが、ステージ上で本当に輝いているんですよね、テイラー。

願わくは、あまり政治的な深みにはまらず、軽やかな歌を歌い続けて欲しいと思います。

Taylor Swift – New Romantics


で、そのテイラーと折り合いの悪いカニエ・ウェスト。この人については、少し記事を書いた事があります(よく読まれているようで嬉しく思います)。

Kanye West (カニエ・ウェスト) – My Beautiful Dark Twisted Fantasy

頭のいい人で、その音楽の才にも素晴らしいものがあるラッパーですが、どうも最近は精神的に不安定な感じがあることを否めない。ちょっと奇矯な行動もあって精神科に搬送された事もあったようで、見ていて心配になってきます。

2016年のライブ中にいきなりトランプ大統領支持を表明して物議をかもしたカニエ、今年(2018年)の春ごろからは、トランプ大統領を支持するという立場をさらに鮮明に打ち出していました。

米国黒人の9割が民主党支持という中でなかなか勇気のある行動とも言えますが、個人的には、あんまり深く考えずにツイート・行動してしまっただけ、という感じがしなくもありません。

2018.10.11に至っては、トランプ大統領に招かれてホワイトハウスで昼食会。もうカニエのりのりで、トランプもたじたじ(笑)。

Kanye says ‘I love this guy right here’ as he walks over and gives Trump a hug

カニエの場合、黒人ファンも多いとは思いますが、非黒人層にもファンが多いはず。過激だけれど、どこか知的でアーティスティックな活動は、どちらかというと黒人・白人の知的階層にウケが良いように思うんですよね(実際、音楽評論誌はカニエの作品に高評価を与える事が多い)。

とすると、彼の今回の行動はかなりまずい気がします。売上げを下げていくというような下世話な話は措くとして、彼の作品や活動を政治色で汚していってしまう・狭めていってしまうのではないかという気がしてなりません。それは私には、とても勿体ない事に思えます。カニエほどの才能があれば、政治なんかに首を突っ込まなくていいのに……。カニエ目を覚まそうぜ。

黒人ミュージシャンからの一つの回答として次の作品を紹介しましょう。

Childish Gambino – Feels Like Summer

チャイルディッシュ・ガンビーノについても色々書きたいんですが、ここでは手短に。先月(2018年9月)発表されたこの曲、大のお気に入りで私の中ではヘビーローテーション。このPVも秀逸で何度も見ています。

夕暮れの夏の町をプラプラ歩くチャイルディッシュ・ガンビーノ。彼の空想シーンでしょうか、場面が暗転するところがあります(1:55)。

その中でカニエ・ウェストは「MAKE AMERICA GREAT AGAIN」の赤帽をかぶって涙を流しています(この帽子、上掲のトランプ大統領との昼食会でも被っていて受けてしまった)。

悲しそうな彼を優しく包み込むように抱きしめるのは、ミシェル・オバマ。言うまでもなくオバマ大統領の夫人で、知的階層に属する黒人女性の代表中の代表でしょう。もちろん、民主党サイドの人です。

チャイルディッシュ・ガンビーノが言いたいのはおそらくこんなところでしょう。「カニエ、もう強がりはよすんだ。心の中では寂しくて泣いているんだろ。人種差別的な発言を繰り返す男を支持して反省してるんだろ。黒人社会を分断するようなマネはもう辞めて、こっちに戻ってこいよ。ミシェルも優しく迎えてくれるさ。」


何にせよ、優れた音楽家は党派的な政治に首をつっこまなくていいと思うんですよね。音楽の才に恵まれた人は、素晴らしい音楽を私達に届けることに邁進してもらいたい。音楽の才に恵まれなかった私などは、いつもそんな風に感じております。