小論文「ゲーミフィケーションを医療の世界に活かすには」

今回は小論文指導の実際ということで、小論文の骨子を示したいと思います。制限字数などを考えながら、自分なりに肉付けしたり不要部分を削除して文章化してもらえれば力が付くかと存じます。

取り上げる問題は、「ゲーミフィケーションを医療の世界に活かすには」。最近ご質問をいただいた某国公立大学医学部の2023年度問題です。

実際の問題は、ゲーミフィケーションの定義やゲーミフィケーション要素を説明した短文(学術論文の抜粋)が挙げられ、論述すべき点と800字という制限字数が示されているものでした。ゲーミフィケーション要素の説明があるわけでもなく、前提となる知識が無いとかなり書きにくい問題だったかもしれません。

個人的にゲームにあまり興味がないことに加え、医療界での実際例をよく知らなかったため、ネット上で探した論文や記事で少し勉強させてもらいましたが、本記事はそれらに多くを負っています。入試問題の解説記事という性格上、一つ一つ引用元を示すことはしませんが、後掲論文・記事の執筆者に謝意を表します。

当たり前ですが、小論文の解答は一つではありません。出題意図に沿っていて、論理的に筋道が通った分かりやすい文章であれば、どのような内容でもよいわけです(それを書くのが難しいんですが)。というわけで、ここに示すのはあくまで一例だとお考えください。


ゲーミフィケーションを医療の世界に活かすには

ゲーミフィケーションの定義

人を楽しませて熱中させるゲームの要素や考え方を、ゲーム以外の分野に取り込み応用すること。通常手法を採用した時以上にユーザーが引きつけられ、適切な行動を活発化させることを目的とする。

ゲーミフィケーションの導入が有効と考えられる状況

(医学部入試小論文なので医療・健康増進関係に限定します)

生活習慣病の治療が考えられる
生活習慣病は文字通り生活習慣に起因する病気である
よって生活習慣の改善が極めて重要
なかでも継続的な運動療法は高い効果が期待される
↓ しかし
生活習慣改善は医療関係者の説明・説得よりも個々人のやる気に依拠するところが大きい
→ 継続困難な患者が多い
↓ そこで
日常的に使用するスマートフォンのアプリケーションを利用しゲーム要素を持ち込む
→ 患者の行動変容を期待できる

ゲーミフィケーション要素

ゲーム化するにあたり留意すべき点の列挙

1.成果の可視化

毎日の運動を記録する事により自己の努力が可視化される事が必要
即座に可視化される事が望ましい
→ 継続意欲をかき立てる
一定期間運動を継続できた場合に報償を与える
→ 例:プレーヤー地位の向上

2.医療関係者による適切な目標の設定

ゲーム製作者だけに任せきるのではなく目標設定には医療関係者も介入すべき
医学的に不適切な目標を設定すれば逆に害になる
医学的エビデンスに基づく数値・目標をユーザーが楽しめる範囲で設定する

3.他者とのつながり・競争の設定

ネットワーク環境の有効活用
類似の病気・身体状況にある他者と励まし合えるような雰囲気の醸成
逆に競争要素を持ち込むことも考えられる
→ 例:成績優秀者が毎週アプリ内で表彰されるなど
但し治療が目的である以上過度の競争要素を持ち込むことは慎むべき
→ 成績下位者の継続意欲を奪ってしまう

4.現実の診療とゲームのリンク

診察時に医師も患者のゲーム成績・成果を見て評価し励ますべき
さらに進んでゲームの成果をもとに医師が治療計画・投薬計画を再考することも可能

ゲーミフィケーションの意義

すでに生活習慣病を有する人 → 生活習慣を変え病状を改善する

通常の通院治療と異なりハードルが低いためヘルスケアに無関心な層にもリーチが可能
↓ とすれば
まだ生活習慣病に罹っていない人 → 生活の質を高め病気を予防する

国家予算レベルで考えれば、生活習慣病の先に予想される心筋梗塞や脳卒中を防ぐことにより医療費や介護費を削減できる

付言すればアプリケーションの製作は創薬よりもはるかに安価
有名ゲームメーカーが存する我が国に適している可能性高し

ゲーミフィケーションの問題点

ゲームによる外発的動機付けからより強固な内発的動機付けへと移行する事が好ましい
↓ しかし
スムーズな移行が困難であるおそれあり
→ 例:ゲームがなければ生活習慣を改善する気になれない

ネットを介してプライバシーが侵害されるおそれ
→ 例:患者の位置情報など

結語

ゲーミフィケーションを導入する意義は問題点よりはるかに大きい
ゆえに積極的に導入される価値のある手法だと考える

参照論文・参照記事

「ゲーミフィケーションとヘルスケア (Gamification and Healthcare)」
五十嵐健祐
お茶の水循環器内科 院長
デジタルハリウッド大学 校医 兼 デジタルハリウッド大学大学院 准教授
https://msl.dhw.ac.jp/wp-content/uploads/2020/04/DHUJOURNAL2018_P03.pdf

極めて有効な示唆を得ました。著者は実際に医療の現場に立ちつつデジタル表現の最前線に身を置かれている方のようで、大変説得力のある議論を展開されています。

「我が国の保健医療福祉における ゲーミフィケーションの活用と課題」
炭谷大輔 野地有子 大島紀子
千葉大学大学院看護学研究科
https://www.n.chiba-u.jp/nglobe/data/news/jshs_v33.pdf https://www.n.chiba-u.jp/nglobe/data/news/jshs_v33.pdf

患者ではなく医師の腹腔鏡手術の訓練にもゲームが導入されていること(極めて高い有効性が示されている)、海外ゲーミフィケーションの実例、ポケモンGOが小児肥満解決に一役買っていることなど、興味深い事例が紹介されています。

ゲーミフィケーションはヘルスケアをどう変えるのか | AnswersNews
https://answers.ten-navi.com/pharmanews/17009/

記事中の「ゲーミフィケーションであればヘルスケアに無関心な層にもリーチが可能になるのではないか。」という指摘は、小論文でぜひ出しておきたい視点だと思います。

第2回:ゲームは、毒にもなれば薬にもなる。 (2/4) | 連載02 みんなが夢中になるゲーム。遊ぶだけじゃもったいない。 | Telescope Magazine
https://www.tel.co.jp/museum/magazine/019/report02_02/02.html

2ページ以降がゲーミフィケーションに関する記事になっています。本記事で取り上げた小論文の趣旨からは外れますが、エイズの治療薬を開発するうえでの鍵を握るタンパク質の構造解析(スーパーコンピュータを使ってもなかなか解き明かすことができなかった)をゲーム化した話は興味深いものがあります。コンピュータより空間把握能力が優れる人が多数ゲームに参加したことにより、わずか3か月で当該タンパク質の構造が解き明かされてしまったとの由。結果は科学雑誌「nature」に掲載されたそうで、大金星ですよね。


医学部を目指す皆さん、頑張って下さいね。