2時間ほど前、ヴァレンティーノ・ロッシが会見の場で今期限りの引退を表明しました。
モーターサイクルレースファンは皆、この日がいつかは来ることを、それも近々来ることを知ってはいましたが、現実になるとどうしようも無く寂しい思いが湧き上がってきます。
MotoGPは世界最高峰のモーターサイクルレースであり究極のスピードレース。選び抜かれた天才的ライダー達が、文字通り命を懸けて闘う世界。最高時速360kmオーバーの世界は身体的にも精神的にも極度の負担をレーサーに与えます。
したがっていくら天才的なレーサーであっても、その輝ける期間は結構短いのが通常です。無敵の年間チャンピオンに輝いても、長くて3年程度でその輝きを失い引退するというのがよくあるパターン。素人目に見ていても、心も身体もすり減っていく世界であることは容易に理解できます。ライダーの引退時期として多いのは20代後半、30歳そこそこでしょうか。
が、しかし。ヴァレンティーノ・ロッシだけは別格中の別格。MotoGP最高峰クラスを含め9度のワールドチャンピオンに輝き、42歳(!)の今まで26年間最高峰のレーサーであり続けてきた天才中の天才です。もちろん現役最高齢。
普通はモーターサイクルレースの世界で望みうる全てを手に入れれば、モチベーションが保てなくなる気がするんですが、そのあたりも彼は別次元です。今なおアドレナリンが吹き出すレースこそが人生最大の喜びと言い、オフシーズンの趣味もバイク。普段も口を開けばバイクの話ばかりしている。多分、ロッシってバイクの神に魅入られた人間なんだと思います。いや、マジで。
それでいてサーキットを離れれば、どこか可愛げのある陽気なイタリアン兄ちゃん。そんな男が人気のないはずがない。モータサイクルの世界で「生きる伝説」「神」と呼ばれるのも何の不思議もありません。
誰か海外のMotoGPファンが書いていました。他のチャンピオンレーサーは「モーターサイクルレースのチャンピオン」だけど、ロッシは「モーターサイクルレースそのもの」だと。私もその意見に同意します。
長い手足を折り畳むライディングスタイル、コーナーの手前で内側の足をステップから外す姿、なめらかなコーナリング。美しくて強い。美しくて速い。私が机の前に置いているピンナップボードには彼の写真がいつも貼ってあります。
そんな彼もさすがに年齢には勝てないのか、2021年シーズンのレースでは精彩を欠いていました。ここ何年か優勝から遠ざかっているだけでなく、もう表彰台にも長らく上っていないロッシでしたが、ここまで成績の残せないシーズンは誰も見たことがありませんでした。予選が得意なレーサーではありませんが(逆に言えば決勝での勝負強さが圧倒的なのです)、ここまで予選下位に沈み、本戦でもポイント圏外に沈むロッシを見るのは、我々ファンにはかなり辛いものがありました。
私はMotoGPレースを毎回リアルタイムで見ていますが、今シーズンの何戦目だったか、予選の合間にピットでのロッシの姿が映った時に思わず息を飲みました。そこには心底疲れ切った顔をしたロッシがいたからです。今まで彼を見てきて、こんなにやつれた顔をしているのを見たことがありませんでした。何というか心の底から疲労感がわき出ているというか……。
この時、引退はそう遠い日の話ではないと確信しましたが、やはり現実となると寂しくてなりません。
もちろん、ロッシは「MotoGPそのもの」ですから、彼の存在がサーキットから消えるわけではありません。彼の創設したアカデミー「VR46」の弟子達がすでにMoto3、Moto2、MotoGPいずれのクラスでも活躍しており、その監督として彼をしばしば見かけることになるはず。実際、お弟子さんのフランコ・モルビデリやフランチェスコ・バニャイアの活躍は私も楽しみにしています。
ただ、ただ。やはり彼の退場は一つの時代の終わりを感じさせます。どんなことにも終わりはありますが、どうしても感傷的になってしまうのは、私だけではないでしょう。今日からシーズン終了まで、世界各地で彼の引退を惜しむ声が響き続けるはず。
今年も昨年に続いて、コロナのせいでMotoGP日本戦がキャンセルされたのが残念でなりません。先のロッシのやつれた表情を見て、今年は何があってももてぎツインリンクスでレースを観戦しようと思っていましたからね。オリンピックがやれるなら、MotoGPだっていいんとちゃうんかいと私などは思うのですが……。
ともあれ、ロッシが事故で落命したり再起不能の障害を背負うことなくレース人生を無事終えてくれるであろうことに感謝しなければならないのかもしれません(昨年はあわやというシーンがありました)。2021年シーズン後半戦もロッシを応援したいと思います。陳腐な表現になってしまいますが、本当に「今まで感動をありがとう」という気持ちでいっぱいです。
素晴らしいキャリアを振り返る映像。MotoGP公式の動画はブログに貼り付けられないので、リンク先を見ていただければ。