今、Googleのサーチワードを見ていて、佐久間正英さんの名前がトップに来ていることに気づきました。恐る恐るページを開いてみました。やんぬるかな。今月16日に佐久間さんがご逝去なさったとのニュースでした。
佐久間さんがガンの最終段階でいらっしゃることは公にされていましたし、近いいつか、この日が来ることは、誰もが知っていたことです。しかし、それで悲しくないということにはならない。人の命が消えていくということの意味を、今は、切なく狂おしく思うことしかできません。
ずっとブログに書きたくてたまらず、でも、その一方でいつまでも逡巡してしまう音楽があります。私にとっては、早川義夫さんの音楽。聴くとドキドキして、何かを人に伝えたくて堪らなくなる。ライブに行くと嵐の様な感情が心の中に巻き起こる。でも、それを言葉にしてしまうと大切な部分がこぼれ落ちてしまう気がして、身動きが取れないような音楽。
早川さんの隣でギターを弾いていらっしゃった佐久間さんの音は、早川さんに対する「愛情」に満ちあふれていました。愛情というと妙な表現かもしれません。敬意、友情、穏やかさ、優しさ、思いやり、そうした心の複合。
昨年10月、佐久間さんが脳の手術を終えられ、復帰なさった後のライブが京都でありました。東京で一度、関西で一度、ということだったでしょうか、チケットは即完売。
今思えば不思議なことですが、なぜか私は、深夜、チケット発売の1時間後ぐらいに気がつき、ライブハウスに即座にメールで連絡して事なきを得ました。しかも、ライブの日は平日ながら、偶然にも夕方以降は仕事が入っていない日。通常ならまず出かけられない曜日なのに。
当日のお二人のライブは、素晴らしいものでした。重々しい悲しみに満ちたものではなく、むしろ喜びに溢れているライブ。それは佐久間さんや早川さんのお気持ちがそうさせたのかもしれませんし、観客の願いがそうさせたのかもしれません。
早川さんの歌とピアノをサポートする佐久間さんのギターは、5月に神戸のライブで聞いたのと何も変わらず、美しい日本刀のよう。歌の合間に佐久間さんが語られるお話は、ブログで読んで知っていたお話でしたが、ご本人の口から聞くと、滋味溢れる、人生の妙味を感じさせるエッセイのよう。
このライブの話はまた書きたいと思いますが、私が何よりもこの日感動したのは、『君でなくちゃだめさ』でのお二人の掛け合い。すぐれぬ体調を押していらっしゃたのでしょう、椅子に腰掛けてギターを演奏していらっしゃった佐久間さんは、この曲の時に、すっくと立ち上がり、早川さんと歌っていらっしゃいました。
君でなくちゃだめさ yoshio hayakawa
その時の佐久間さんの笑顔が、いまもって忘れられません。
死を目前に控えた人が、身体の不調を抱えていらっしゃるに違いない人が、こんなに底抜けの笑顔を見せられるのか。私は胸が熱くなることを抑えられませんでした。
君でなくちゃだめさ
僕でなくちゃだめさ
二人でなくちゃだめさ
これでなくちゃだめさ
早川義夫『君でなくちゃだめさ』より引用
この歌は早川さんから佐久間さんへのメッセージでもあったでしょうし、佐久間さんから早川さんへのメッセージでもあったのだろうと思います。熱く切ないそのシーンを、私はこれからも忘れることはありません。
もう、佐久間正英さんをライブで見ることはかなわなくなりました。そのことは切なくて受け入れがたい事実ですが、今は、佐久間さんの渾身の演奏を間近で見せてもらえたことに、感謝すべきだとも思います。
佐久間さん、ありがとうございました。さようなら、あちらでもお元気で。
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