昨年の末頃、陳舜臣の『諸葛孔明(上下)』を読みました。陳舜臣の端整な文章は、孔明を、三国志関連の書によく見るようなステレオタイプ、すなわち、神がかった軍師として描いてはいません。むしろ人間じみた存在として孔明を暖かく見つめています。とても味わい深い作品で、忙しい年末を忘れさせてくれる効用もありました(現実逃避とも言う(笑))。
さて、三国志(演義)ファンの方なら、誰しも贔屓にしているキャラがいると思うんですよね。私の場合、ベタすぎて書くのが少し恥ずかしいんですが、「諸葛孔明」と「関羽」です。
私の三国志初体験は小学生の頃に読んだ「こども版三国志」でした。今となっては手元にありませんので、誰がリライトしたのかよく分かりませんが、私の心の琴線に触れる作品でして、「こども版水滸伝」よりお気に入りなのでした。で、やっぱりその頃から「諸葛孔明」と「関羽」が贔屓。
「諸葛孔明」は天才的な軍師、鬼神のごとき知略をもって敵に立ち向かう。「関羽」は義に生きる軍神でありながら、知性がキラリと光る美丈夫。う~ん、カッコイイ。
長じてから読んだのは、吉川英治の三国志です。これは掛け値なしに面白い長編歴史小説です。私が読んだ単行本(父から貰った)は全10巻だった覚えがあるんですが、調べてみると今は文庫本で全8巻ですね。吉川英治については『宮本武蔵』も読んでいますし、そちらもお薦めですが、私にとっては、「吉川英治=三国志」です。
三国志(吉川英治歴史時代文庫33)
吉川英治
吉川三国志中、とりわけ関羽の男っぷりがよくて惚れ惚れするんですが、関羽とて人間、いつかは死にます。彼が死ぬシーンを読んだとき、「えっ!ウソや!関羽が死ぬわけない!そんなことありえへん……(涙)」と何度も何度も同じページを読んだ覚えがあります。ハマリ過ぎ(笑)。
実際、死後の関羽は神格化され、中国各地、そして日本の中華街(神戸・横浜)に祭られていますから、ある意味不死とも言えます。「関帝廟」と呼ばれるのがそれなんですが、現在では何故か商売の神様になっています。「義」を重んじるという点で共通性があるということのようです。
……って、神戸長田の三国志ガーデンに行ってきた話を書くつもりだったんですが、長くなりそうなので次回に回します。