仕事柄、小学生の漢字答案を採点する機会が多くありますが、小学生の漢字字形は本当に千差万別。個人的には、あまり細かいところに目くじらを立てず採点・指導するようにしております。
というのも、漢字って本当にクリエイティビティの高い自由な文字だと思うんですよね。発音にとらわれる表音文字の窮屈さに比べて、ビジュアル的に意味を伝達できる表意文字の自由闊達さよ。
瑣末な書き順やトメ・ハネ・ハライなんかに拘泥して漢字の本質が伝わらないなんてバカらしい。もちろん画数が異なったり、大きな字体のズレがあれば適切に指導していますが、細かすぎる指導は百害ありでしょう。うるさい先生に採点される時でも切り抜けられるというしょーもない一利ぐらいはあるかもしれませんが……。
そもそも書き順やトメ・ハネ・ハライは漢字の本質ではありません。言っては悪いかもしれませんが、漢字に対する造詣や愛情のない先生に限って、過度に瑣末な点に拘る採点に走る傾向があるように思います。自分の頭の中にある漢字のイメージから少しでも外れればバツ。
下記記事に掲載されている写真を見ていただきたいんですが、これは悪しき採点・指導の一例だと思います。これ、私が採点したらほぼ全部マルです。むしろ、丁寧に書けているねと褒めたいぐらいです。「ころもへん」と「しめすへん」の区別もちゃんとついているし、立派立派。というか、字の下手な私がこの試験を受けてもかなり得点が低くなりそうな。ほとんど零点かも。一応漢検1級ホルダーで、漢文も得意なんだけどさ……(笑)。
漢字採点、厳しすぎませんか? バツばかり…登校嫌がる児童も:中日新聞Web
https://www.chunichi.co.jp/article/888004
塾を営んでいる者として、漢字の非本質的なところにかかずらって、一生懸命勉強している子供たちのやる気を無くしてしまうのは、絶対に避けたいところです。もちろん、「間違い」を看過すべきと言うのではありません。教える側が漢字の研鑽を積んで、本質的な部分をつかんだ上で子供たちの漢字勉強を指導すべきではないかというのが私の主張。
上述の記事に、文部科学省担当者の言が紹介されています。
文部科学省の担当者は「指導の根拠は『学習指導要領の解説』に書かれており、各都道府県教委の指導主事が集まる機会に周知している」と説明する。
この「解説」では、文化庁が2016年に出した「常用漢字表の字体・字形に関する指針」を引用。指針によると「字体」は骨組み、実際に形に表されたものが「字形」で、字形は同じ文字として認識される範囲で「無数の形状」を持つと説明する。これを受けて解説では、正しい字体を前提とした上で、「柔軟に評価することが望ましい」としている。
(上掲中日新聞Web記事より引用)
そうなんですよね。「字体」という「漢字の骨組み」に基づいて、「字形」には「無数の形状」がある。とすれば、子供たちの書く「字形」に対して(「字体」という枠から外れない限り)、かなり柔軟な姿勢が求められるはず。
もちろん私達は生徒さんの学力・成績を伸ばしたいと思って指導しておりますので、「一般的な採点者の観点」、もう少し平たく言えば「テストで丸がつくか否かという観点」も併せて指導致しておりますが、それでもやはり上記のような姿勢にベースを置いております。
漢字学の大家、京大の阿辻哲次先生のお言葉には深く深く同意。
専門家はどう見ているのか。漢字の歴史に詳しい京都大の阿辻哲次名誉教授(中国文化史)は「『とめ、はね、はらい』などは枝葉の問題。必要以上に厳しく細かい指導は、子どもの学習意欲をそぐことにならないか」と疑問を投げかける。
「大」「犬」「太」や「申」「由」「甲」など、点の有無や線の突き抜け方で字体が異なる場合は「厳密に区別する必要がある」。一方、木へんの2画目をはねるかどうかについては「デザイン差であって字体差ではない。どちらも正解」と話す。
(上掲中日新聞Web記事より引用)
例えば「たいへいよう」という書取問題で「大平洋」「犬平洋」は絶対に間違いです。しかし、「太平洋」と書いてあるならば、「太」の点部分が斜めになっていようが、直立していようがどっちだって構わない。同じく、「しんこくしょ」という書取問題で「由告書」「甲告書」はバツ。しかし、「申告書」と書いてあるならば、ちょっとぐらい線が歪んでいても構いません。
古人の叡知が宿る漢字。東アジアの素晴らしい共有財産である漢字。そんな漢字学習の入口に立っている小学生には、「漢字ってなかなか面白いな」と思ってもらいたいと常々思っております。