ニッキー・ヘイデンの死を悼む

昨日、ニッキー・ヘイデン逝去の報を聞きました。切なくて切なくて仕方がありません。35歳で逝ってしまうなんて、若すぎるよ……。

塾とは何の関係もない話ですが、ニッキー・ヘイデンは世界的なモーターサイクル・レーサー。2006年にはモーターサイクルレースの最高峰、MotoGPを制覇しており、押しも押されもせぬ二輪界のレジェンドの一人です。

5月17日、MotoGP関連のニュースサイトを見ていると(365日チェックしない日はありません)、ニッキーが自転車で事故を起こしたとの一報がありました。「おいおい、スーパースターなんだから気を付けてくれよな」などと思いながら、記事をよく読んでみると、思いの外重篤な状態らしい。

モータサイクル・レースは身体・精神に苛酷な負担を掛けるものですから、どのレーサーもトレーニングに余念がありません。今回の自転車事故も、日々のトレーニングの途中で起きたもののようでしたが、写真を見ると、自転車は原形をとどめぬほどに破壊され、相手の自動車もフロントガラスやボンネットに大きなダメージがあります。どう見ても軽い交通事故ではない。

ニッキー自身はすぐに搬送されたものの、頭蓋や胸部に大きな損傷を負っており、手術を施せない状況にあるという記事を見て、嫌な予感がしました。

それ以降、ニッキーの様子が気になって仕方が無く、関連Twitter・FaceBook・ブログを一日に何度も何度もチェックしていました。普段はあまりそういうことはしないんですけれどね。

そして、昨日5月23日の朝、逝去の報。私はモニタの前で、切ない気持ちをどうすればよいのか分かりませんでした。

#RideOnKentuckyKid: Remembering Nicky Hayden


私にとって、ニッキー・ヘイデンは何か特別なところのあるレーサーだったんですよね。それが何かは今までよく分かりませんでした。ものすごく男前な格好のいい男だから?いや、それはそうなんですが、何かそれだけではないものが彼にはある。

今回、遺族の方々や同僚レーサー達が発信したメッセージを見て、よく分かりました。誰からも好かれる温厚な性格、勝利へのひたむきな努力、暖かい家族との仲の良さ、ファンへの献身。それらが一つに溶け合って、ニッキー・ヘイデンという高潔な人間を作っていたんですね。

もちろん、厳しい状況に置かれた人・亡くなった人に対して、冷たいメッセージを投げる人はいないでしょう。しかし、こと彼に関しては、投げかけられる数々のメッセージに嘘偽りを全く感じませんでした。

MotoGPレーサーは、生身で時速350kmになんなんとするバイクを操って、文字通り命を賭けて闘う男達です。闘争心に溢れた我の強い男でなければ、生きてはいけないはず。加えて、トップレーサーともなれば、勝敗によって何十億という巨万の富が動きます。

そんな世界で、競技者同士がみんな仲良く、なんてのはありえないでしょう。実際、サーキットでの争いが場外でのいがみ合いへと続いているのを、プレス・カンファレンスという公式の場ですらよく見るわけですから。

ただ、その中でもとりわけ我が強いと言われるライダー達が、ニッキーに対しては「サーキットで出来た最高の友人」「最高の性格」といったことをつぶやいて、応援していたんですよね。エゴの塊のような男達の誰とでもうまく付き合っていたことが、(この世界では稀有な)彼の温和な性格を証明していると思います。

かつての僚友、ヴァレンティーノ・ロッシが、5月18日のプレス・カンファレンスで語った内容は、正直に彼の心を表していると思いました。

Rossi: “Nicky is a great rider, a World Champion…but especially a very good guy”

「ニッキーが本当に難しい状況にあるということを友人の医師から聞いて知っている。ニッキーは本当に素晴らしい才能を持ったライダーだよ。でも、それ以上に、本当に性格のいいヤツなんだ。いつも笑っててね。心から回復を祈っている。」

そう語るロッシの目は涙ぐんでいます。

(上はMotoGP2015年シーズン最終戦終了後の一コマ。失意の底でシーズンを終えたロッシに、MotoGPを去るニッキーが近寄り、万感の思いを込めた握手を交わしたシーンです。私はリアルタイムでオンライン観戦していたんですが、一篇の詩以外の何物でもないと感じました。)


ひたむきな努力を厭わぬ性格は、没後、実弟ロジャー・リー・ヘイデンが発した涙無しには読めぬメッセージから読み取ることができます。

Nicky my brother, our story wasn’t suppose to end like this. You were world champ for a reason. I’ve never met someone with the desire for racing bikes like you. I remember growing up we shared a room and you studying notes you took from the previous race and we were 12-13 years old, I’ll never forget the Monday morning after you won the world championship, you woke me up to go running. That’s what separated you from the rest and made you a legend. (以下略)

https://www.instagram.com/p/BUa4U02lmfa/ から引用

少年の頃から、レースの後で研究ノートを作ってたんですね。そしてワールド・チャンピオンに輝いた翌日の朝から、もうランニングを開始している……。

普通の人間なら、世界最高峰に立てば祝勝会やらインタビューやら何やらで浮かれて、次の日は昼まで寝ていると思うんですよね。でもニッキーは普段と変わらず、朝からトレーニングに出かける。弟の言うように、そここそが彼と他の人の違いであり、彼を「レジェンド」にした点なんでしょう。

私は彼のそういう側面を知りませんでしたが、知らず知らずのうちにそういうところに気付いて惹かれていたんだなと、今になってみれば分かります。


ずいぶん前のことですが、某バイク関連ショップの人と話していて、ニッキー・ヘイデンの話になったことがあります。何でも、MotoGP日本開催時に来日した際に、プロモーション関係で色々話したことがあるらしい。

「ニッキーってどんな感じの人なんですか?」

「いや、本当にいい人なんですよ!ファンに対してとっても暖かくって。すごくサービス精神もある人ですしね。もうそばで見たら、とにかく男前でビビるぐらいでしたよ!婚約者さんもいっしょにいらっしゃってたんですが、この人もモデルでめっちゃきれいなんですよ〜!」

「うわ〜いいな〜!一回会ってみたいな〜!」

キャイキャイとミーハー話に花を咲かせた覚えがあります。

そうそう、2006年にワールド・チャンピオンに輝いたときは、レーサーであった父君を、後ろに載せてウィニング・ランをしたんですよね(上掲追悼ビデオの最後はそのシーン)。父として、子としてこんなに誇らしい瞬間はなかっただろうと思います。家族を思う強い気持ち。そんなところも愛すべきところでありました。

ご家族や婚約者の心中を考えると、暗然たる気持ちになるんですが、ファンにできることは、彼の冥福を祈るぐらいしかありません。

最後に彼の兄トミー・ヘイデンのメッセージ。

Although this is obviously a sad time, we would like everyone to remember Nicky at his happiest – riding a motorcycle. He dreamed as a kid of being a pro rider and not only achieved that but also managed to reach the pinnacle of his chosen sport in becoming World Champion. We are all so proud of that.

そうですね。お兄さんの言うとおり、モーターサイクルに乗って最高に幸せだったニッキーを覚えていたいと思います。

Gone but never forgotten, Nicky!