ドナルド・キーン先生のこと

新聞を読んでみると、今回の大震災に関する世界各国からの援助がまとめられています。大国はもちろん、日本の経済規模から見れば小さな国・地域も様々な援助を行ってくれています。本当に尊く有り難いことだと思います。国民の一人として感謝の念に堪えません。

その中でも、今日の下記のニュースは、私の心を激しく揺さぶりました。

時事ドットコム:日本国籍取得、永住へ=ドナルド・キーンさん

日本国籍取得、永住へ=ドナルド・キーンさん

 【ニューヨーク時事】日本文学者でコロンビア大学名誉教授のドナルド・キーンさん(88)が夏にも日本国籍を取得し、日本に永住する考えであることが15日、分かった。関係者が明らかにした。キーンさんは東日本大震災の被害に心を痛め、「大好きな日本に住み続けたい」と決意したという。
 キーンさんは古典から現代まで幅広く日本文学を研究し、日本文化の海外への普及に貢献。2008年に文化勲章を受章している。関係者によると、キーンさんは震災後、多くの外国人が日本を離れていることを残念に思っているという。
 キーンさんは東京にも住まいを持ち、長年、日米間を行き来しているが、今月末にコロンビア大で最終講義を迎えることもあり、決断に至った。
(上記時事ドットコム記事より引用)

 
ドナルド・キーン先生が日本国籍を取得し、この国を終の棲家とされる。それも、この震災を機に! 胸が熱くなります。

ドナルド・キーン先生のことをよくご存知でない方もいらっしゃるかもしれません。ご興味のある方は、Wikipedia をご覧頂きたいんですが、以下、私なりにご説明を。

失礼を承知で、キーン先生のことをあえて一言で表現するならば、「日本文学の大恩人」と言うべきでしょう。キーン先生やエドワード・サイデンステッカー先生がいらっしゃらなかったら、日本文学は未だ辺境地の文学、極東の未開文学としか考えられていなかっただろうと思うのです。

コロンビア大学教授として日本文学を講じるとともに、日本文化や日本文学を海外へ紹介して下さった功績は、最大級のもの。事実上、外国人として唯一、文化勲章を受章していらっしゃるのも、私には当然のことと思えます(彼が文化勲章を受章しなければ一体誰が受章すべきなのか?)。

日本の文学者との交流も多く、三島由紀夫、谷崎潤一郎、川端康成、吉田健一、石川淳、安部公房、大江健三郎、司馬遼太郎などとの交際が有名です。もちろん、交際を自慢していらっしゃるわけではありません。怜悧な観察眼でもって、それぞれの作家を評価していらっしゃいます。言うまでもないことですが、日本古典文学への深い造詣もお持ちです。

ドナルド・キーン先生には、明治天皇に関するご著書もあります。私の明治天皇に関するイメージは、ほとんどキーン先生に負っているんですが、歴代の天皇の中でも極めて重要性の高い天皇のことを、日本人ではなく、アメリカ人のキーン先生に教わるということが、この国の何事かを物語っているように思えます。

キーン先生は、京都大学に留学していらっしゃったことがあるんですが、その際のエピソードをどこかで読み、感銘を受けた覚えがあります。原典がみつからないので概要だけを。

日本に留学する以上、英語は決して使うまいと心に決め、英米人とも交流せず、ひたすら近松門左衛門の研究にいそしんでいらっしゃったキーン先生。四条かどこかでシェイクスピアの映画が上映されることになり、友人が先生をしきりに誘う。一度だけなら良いかと、友人と映画館に向かうキーン先生。映画の中に現れるシェイクスピアの言葉・詩は、その全てがあまりに気高く、あまりに美しい。英語から久しく離れていた先生は、胸を掴まれたかのように涙が止まらなかった……。

先生は、シェイクスピアという文学を持ったことを、英米人のこの上ない幸福だとおっしゃっていたようにも記憶しています。

このドナルド・キーン先生が、日本国籍を取得し、(おそらく)日本を終の棲家とされる。日本人として、どう感謝の念を表せばよいのか困ってしまうほどです。