『私が愛する日本人へ ドナルド・キーン 文豪との70年』を見て

先日見たTV番組の話。

私の生活の中にTVは存在しないんですが、ごく稀に、どうしても見たいと思わせられる番組があります。最近NHKで放映された『私が愛する日本人へ ~ ドナルド・キーン 文豪との70年』はその一つ。

NHKスペシャル | 私が愛する日本人へ~ドナルド・キーン 文豪との70年~
(予告編が見られます)

ドナルド・キーン先生にその生涯を振り返っていただきながら、先生の証言をもとに作られたドラマを織り交ぜるという構成の番組なんですが、素晴らしかった。キーン先生への尊敬の念と感謝の念をいっそう深めました。

ドナルド・キーン先生については前にもブログ記事を書いたので、ご興味をお持ちの方はそちらをご覧頂きましょう。

ドナルド・キーン先生のこと:国語塾・宮田塾のブログ

司馬遼太郎・司馬史観・なつかしい人:国語塾・宮田塾のブログ

今回の番組で深く感じ入ったのは、キーン先生が「日本文学は間違いなく世界文学の一つである。私はそのことを世界に伝えようと歩んできた」とおっしゃるところ。

万葉集のような詩歌、源氏物語のような物語、枕草子のような随筆、そして日記文学。いや、古典だけではなく、現代文学も。いずれもハイレベルな文学であって、世界の文学の一つである。私も心からそう思いますけれども、世界の趨勢はそうではなかった。

ドラマの中では、終戦間もない頃のオックスフォード大学で研究をしていたキーン先生が、他の研究者に本(多分古今集だった)を取り上げられ、投げ捨てられるシーンがありました。

「日本なんて中国のイミテーションだろ!オリジナリティーのかけらもない国だ!そんな猿まね国家の研究なんてやめちまえ!」

私は日本人ですから、「それは日本人に対するあり得ない蔑視だ、これだけの文学作品を読み解けないお前のセンスが鈍いだけだ」と反論したいですし、せねばなりません。しかしキーン先生はアメリカ人。極東の小国を下に見る雰囲気の中で研究を続ける義理はなかったはず。それにもかかわらず今に至るまで日本文学と共に歩んで下さっている。

司馬遼太郎とキーン先生のお言葉を借りるならば、私にとってキーン先生は正に「なつかしい人」心から惹かれる方です。

番組最後、キーン先生が今の日本人へのメッセージを求められておっしゃった内容は、概要次の通り。

「今の日本は、伝統を求めようとする意識が弱いように思う。これは日本人の弱点。伝統はいっとき隠れることがあっても、消えることなく必ず流れ続けている。古いことを勉強し、知り、愉しむことが大切だ。」

私も本当にそう思います。キーン先生のような方が、そうおっしゃって下さるのは心強い限りです。

先の記事でもご紹介しましたが、キーン先生の現在の国籍は「日本」。日本の国難ともいえる東日本大震災の時に日本国籍を取得なさった。

この番組を見て思ったんですが、ドナルド・キーンという人は、もしかしたから本当は日本人として生まれる運命だったのではないか。それが天の悪戯でアメリカ人として生まれてしまう。しかしその本質は、日本の美意識や文学を愛してやまぬ人。その高い知性をもって「日本文学の伝道師」となるが、高齢になってから、ようやく日本の国に「お戻りになった」のではないか。

キーン先生がいつまでもご活躍なさることを、心から願っています。