「解像度」が高い – 灘高校に合格した人の国語力

前回、味覚に関する「解像度」が低いバカな人の話を書きました。ハイ、私のことですね。今回は逆に「解像度」の高い人の話を。

「解像度」が低い!

 

読解力は文章を正確に読みとる力ですが、これは人によって結構レベルが異なります。文字通りに文章を理解できる人、行間を読んで書かれていないことまで敏感に察知できる人、字面を追うだけで書かれている内容をほとんど理解できていない人。

仕事としていろんな生徒さんの読解を観察しているわけですが、読解力って、本当に千差万別なんですよね。どこからを「読めている」と評価すべきなのかは、統一基準があるわけではないので確言できませんが、小学生の場合、文章のだいたい6割ぐらいを理解できていれば「読めているよ」と評価するようにしています。

もちろん、それで入試に合格するわけではありませんけれど(やっぱり入試では9割ぐらいは読み取れないとならないと思います)、「読めている」と評価できるのは6割ぐらいからかなと。

「解像度」の話に戻りますが、「読解力が高い」というのは、言い換えれば「文章理解の解像度が高い」ということに他なりません。「文章理解の解像度が高い」人の特徴って何だろうと考えてみると、やっぱりどの人も主体的に文章を読んでいるんですよね。「何となく」で読んでいない。

例えば、筆者が結論の前に理由を二つ挙げているとします。何となく読んでいる人は、これが理由1・理由2なんだなとサラッと読み流す。理由自体は発見できているので、それで十分答案は書けます。そもそも文章中に理由を発見できない人の方が多いわけですから、試験・偏差値という観点からは問題無いとも言えます。

ただ、主体的に文章を読む人の場合、もう少し踏み込んで文章を読んでいるように思います。理由を発見した後、本当に理由1は結論と繋がるのか、言い換えれば、理由と結論の間にしっかりとした因果関係があると言えるのかまで検証している。「理由1は分かるけど、理由2は結論とあんまり繋がってないんじゃないかな……」みたいな感じですね。

確かにそこまで読み取った・考えたところで、答案には表現できません。というか、それは筆者の考えではなく解答者の考えですから、答案に表現すべきではありません。そう考えると、試験という観点からは「何となく読んでいる人」と大差は無いようにも思えます。

ただ、やっぱり「解像度」の高さはふとしたところに出て来るんですよね。

例えば、二つの理由付けを文章から抜き出すかたちで答案にすると100字程度になるけれど、問題には「70字以内」という字数指定があるとしましょう。

こういう時、「何となく読んでいる人」は答案作成に困ってしまうわけです。どうやって字数を削ろうか……。で、まとまりのない分かりにくい解答を作成してしまう。

一方、「文章理解の解像度が高い人」は、理由1と理由2の間に説得力の軽重を感じ取っていますので、答案作成が容易です。「理由1の方は筆者が自信を持って主張を展開していて、理由2の方はあんまり筆者もはっきり言いたがってないな、じゃあ理由1をベースにして、理由2の方はキーワードだけ足しておこうか」といった感じで、メリハリの効いた記述答案になる。

こういう人は文末表現などにも敏感ですね。理由1の方は「〜だ」「〜べきだ」といった文末表現がとられているけれど、理由2の方は「〜かもしれない」「〜ということもあり得る」といった文末表現になっている、なんてことも見逃しません。


小学生の頃、当塾に通っていた生徒さんが、今年灘高校に合格されたという報告を受けました。激戦をよく見事に勝ち抜いたものだと感心します。

実は今回の高校入試直前にもアドバイスを求めて下さったので、老婆心ながら答案を見せていただいて少しばかりアドバイスをさせてもらったんですけれど、小学生の頃と変わらず、「文章理解の解像度」ひいては「文章表現の解像度が高い」答案でした。

私は生徒さんの顔よりも答案のムードの方をよく覚える質でして(職業病ですね)、本人や保護者様とのやり取りで、数年前の中学入試時の答案のムードをすぐに思い出せました。よく考えていい答案を書いてくれてたなあ……。

ある時、問題文章中にやや不自然な表現があったんですが(筆者だって万能じゃない)、そこを解答の素材として利用しなければならない問題があったんですね。主語と述語の合致があやしい表現です。簡単な例に置き換えると、「ミルクとパンを食べた」式の文です。う〜ん、気持ち悪い。

もちろん、もっと複雑な文章でしたが、彼は答案を一度書いてみて、おそらくその「気持ち悪さ」に気付いたのでしょう。答案は、何度か書いて消した跡の上に、「ミルクを飲み、パンを食べた」式の表現がとられていました。

「ひょっとして、主語と述語動詞の関係がちょっと微妙って気付いて書き直したの?」

「はい、よく読んだら何か妙な感じがして……。」

「うん、すっごくよく読めているし、答案表現もすごくいいね。ここまで考えが及ぶ人は少ないし、高い評価がつくと思うよ。」

そんな話をした覚えがあります。

「文章理解の解像度が高い」というイメージをつかんでいただけたでしょうか。


主体的に文章を読んで、本当によく考えた答案をいつも作ってくれていたので、国語に関しては合格間違いなしと考え、本人にもそう伝えていたんですが、好事魔多し。中学受験では思い通りの結果を残すことが出来ませんでした。私としてもとても意外だったのでよく覚えています。中学受験とはそういうものだと言えばそれまでですが……。

ただ、このままで終わるつもりはないという意志が本人にあるようだったので、「確かな学力があるから、今後3年間、公立中でもめげずに頑張って欲しい、○○君ならきっといい結果が出せるよ」といったことを本心から伝えたのもよく覚えています。そして今年、彼が大輪の桜を咲かせたというご報告を伺って、心から嬉しかったというお話。

私の方も、生徒さんの「文章理解の解像度」を高めるべく、さらに頑張っていこうと思います。