ケン・リュウ『紙の動物園』『心智五行』と腸内細菌叢型

この時期、超忙しくなってきているんですが、そういう時にこそ小説を読みたくなります。まあ、現実逃避ですね(笑)。

ついさっきまで、風呂に入りながらケン・リュウ(Ken Liu)の小説を読んでいたんですが、彼の小説、すごくいいなあ。心にしっくりくる感覚がある。

ケン・リュウが日本で初めて紹介されたのは短編集『紙の動物園』らしいんですが、妻がこの書籍をつい最近購入してきました。なんでも、又吉直樹がテレビで紹介してからベストセラーになったらしい。

紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)
ケン・リュウ

紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)

この短編集、表題作品『紙の動物園 (The Paper Menagerie)』こそはファンタジー的な風合いの作品(かつ、アジア人が米国において感じる劣等感をモチーフにしている作品)なんですが、それ以外はいわゆるSF作品。

妻はSF作品が苦手なので、最初の一編だけ読んで私に譲ってくれた次第。いや奪い取ったというべきか(笑)。そもそも早川書房なんだから、SF作品やミステリー作品である可能性が高いだろうに……。あ、本当に強奪しているわけではないですよ。私が買ってきた本も妻に譲っていますので、おあいこ。

さて、私は寡聞にして知らなかったんですが、ケン・リュウは欧米のSFおよびファンタジー関係の世界で大ブレイクしているらしい。ヒューゴー賞・ネビュラ賞・世界幻想文学大賞の各短編部門を制したとのことなんですが、このあたりの賞の名前は、疎い私でも聞いたことがあります。かなりの人気作家なんですね。

今回の短編集で、特に私が気に入ったのは『心智五行 (The Five Elements of the Heart Mind)』。

宇宙調査船が遭難し、二百数十人の乗組員が死亡します。たった一人の生き残りである女性は脱出ポッドで一か八かの勝負に出ます。残り一回分の燃料で未調査の恒星にワープをしてみるという賭けです。

たどり着いた星には、奇跡的に人類が生息していました。あまりにも遠い昔にこの恒星にたどり着いた人間の子孫です。ただ、宇宙を航行できるような文明は既に途絶えており、未開人としての人間が暮らしている。そこで彼女は今までとは全く異なる「不潔な」生活を送ることになる……。

その星にいる「原住民」の生活が興味深い。以下は、彼女と(極度に発達した)人工知能との会話です。

健康な人体にはバランスを保って生きているたくさんのバクテリア種が必要だと信じている古代の科学者が一部にいた。個々人は異なるバクテリアの混合を持っていて、それは血液型と似たような形で腸内細菌叢型と呼ばれていた。 彼らはバクテリアを寄生生物ではなく、共生生物とみなしていた。

そのバクテリアはいったいなにをしていたの?

どうやら、食物の消化や疾病との戦い、気分や個性を変えることにすら力を貸していたようだ。

なんですって? どうして?

血流のなかに化学物質を注ぎこむことで。神経伝達物質を抑制または活性化させたり、遺伝子発現を調節したり、神経化学を修正したりする化学物質をね。

じゃあ、ティコ409第一惑星にいるとき、わたしは……感染したんだ。わたしはわたし自身ですらなかった。

きみの父親の言った通りだな。惑星では、きみは文字通り腹で考えていた。ファーツォンの一族は自分たちの腸内細菌叢と調和して生きるためだけじゃなく、食事や飲み物でそれを管理し、自分たち自身の気分も調整する方法を見つけ出したんだ。

わたしのなかに生きていたものがわたしの思考をおこなっていた。恋していたのはわたしなの、それともバクテリアなの?

以上、『紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)』より引用

つい最近読んだ別の本にも、たまたま「腸内細菌叢(いわゆる腸内フローラ)」が人間の思考や感情に大きな影響を与えているという話が書いてあったんですよね。

う〜む、それが本当だとすると、私たちは腸内バクテリアによってコントロールされる「乗り物」だということになりますね、極端に言うと。

日本には「腹」を使った慣用句がありますが、その多くが「腹=心」というイメージによる表現です。腹を割って話す、腹を据える、腹を決める、腹が立つ、腹黒い、などなど。

これらの慣用句、イメージ的にだけではなく、科学的にも正しいことになりそうな……。

あらら、ケン・リュウの経歴と言葉の関係について書こうと思っていたんですが、全然違う方向に行ってしまいました。その話はまた今度にでも。