忌野清志郎さん安らかに

忌野清志郎氏が亡くなられました。享年58。

まだまだ歌い続けて、頑固ブルース爺さん(褒め言葉のつもりです)になって欲しかったんですが、かないませんでした。

何だか昨晩から寂しい気持ちで一杯です。

私自身、熱心なファンというわけではないんですが、かなりの録音に耳を通しているんじゃないかと思います。RCサクセション、タイマーズ、HIS、ソロ作品などなど。

自由気ままに歌を歌う。
好きなものや人についてはストレートに愛情を込めて歌う。
嫌いなものはボロクソに歌う。
そんな衒い(てらい)のない彼の歌が大好きでした。

音楽や演劇・文学・美術に関わる人にとって、「表現者」という言葉は、最大級の褒め言葉だと思っているんですが、彼は紛れもなく「表現者」の一人だったと思います。

伝えたくて堪らない熱い気持ちがある、そしてその気持ちを激しく表現することによって、人々の心に大きな波を起こす。そんな表現者を私は尊敬します。

追悼の意味を込めて、私が思う忌野清志郎氏の大きな功績を挙げておきます。

・「日本語のロック」という議論をあっさりと飛び越えた。
日本語でロックは可能なのかという、今となっては馬鹿げて見える議論がかつての音楽論壇にあったんですが、そんなアホらしい議論を人々に無意味だと悟らせたのは、RCサクセションの功績じゃないでしょうか。

・本格的なホーンセクションを擁するロックバンドの草分け。
RCサクセションの前に、ホーンセクションを本格活用していたロックバンドはほとんどないと思います。しかも、このバンドの「生活向上委員会」と呼ばれるホーンセクションは、梅津和時・片山広明といった手練れのミュージシャン。「こまっちゃクレズマ」とか「渋さ知らズ」なんかが好きな人は、遡ってRCも聴くべきでしょう。デビューの頃からホーン隊は印象的で、名曲「2時間35分」は、フォークバンドとして売り出されていたのに、ブラスロックの味わいさえあります。

・ソウルミュージック・R&Bへの熱い熱い愛情を通してブラックミュージックを紹介した。
フォークバンドとしてデビューしている彼ですが、歌唱法や曲から考えると、フォークよりソウル・R&Bからの影響の方が大きいでしょう。上にも挙げた「2時間35分」で「ガッタガッタガッタ」と入れる合いの手も、不世出のソウルシンガー、オーティス・レディングの口癖ですしね。
RCの陰に隠れて、あまり評価されていない感じのするソロアルバム「メンフィス」では、大御所ブッカーT&The MG’S、スティーブ・クロッパーなどと共演。メンフィス名誉市民になったことを、子供のように喜ぶ彼の姿・曲が本当にこちらの気持ちまで明るくしてくれます。ひねくれた感じではなく、本当に素直にブラックミュージックへの愛情を表現する様は、見ていてすがすがしさを覚えるほど。他のミュージシャンによく見られる、安っぽい「モノマネ」という感じは全くありません。好きで好きでどうしようもなく、気がついたら一緒に歌ってたよ!という感じです。彼の歌からブラックミュージックの世界へ入った人は少なくないのではないかと想像します。

昔テレビで見た音楽クイズ。ゲストとして呼ばれていた忌野氏、一瞬のイントロでR&Bの曲名を答えていたんですが、その顔がまた心底嬉しそうなんですよ。いい意味で子供っぽい。

「サム・クックの You Send Me !」
「ピンポーン!」
「オーティス・レディングの Can’t Turn You Loose !」
「ピンポーン!」
「マーヴィン・ゲイの I Heard It Through The Grapevine !」
「ピンポーン!」

私もテレビの前で同時に答えて、楽しませてもらった日がつい昨日のことのようです。本当に長生きして欲しい人でした。ご冥福をお祈り致します。

いくつか映像を貼っておきます。「トランジスタラジオ」「雨上がりの夜空に」といった代表曲ももちろん最高なんですが、あえてそれ以外の曲を。ご興味のある方はどうぞ。

デビュー後間もない頃の名曲「2時間35分」
(ホーンセクション不参加のバージョンですが)
初期のRCサクセション2

-自由- RCサクセション

Kiyoshiro & Chabo – 君が僕を知ってる

あと、自作曲を放送禁止にしたFM東京を、テレビの生放送中にボロカスにこき下ろした動画もいいんですけどね。塾のブログとしては、ちょっとリンクを張るのが憚られますので、ご興味のある方は、ご自分でお探し下さい。