育児書を捨てよ 育児エッセイを手に

わが子の育児に関わって、はや7年半。自分が父親になること自体、ほとんどギャグみたいな気がするんですが、楽しくやってくることが出来ました。

私、何か新しいことに取り組む際は、まず関連書籍を読みあさることから始めます。能に興味を持てば能関連の書籍をあれこれ読んでから能舞台へ、バイクに興味を持てばバイク関連の書籍を読んでからバイク店へ、といった感じです。この方法、ちょっと頭でっかちになってしまう嫌いはありますが、合理的に知識を身に付けられますし、結局は時間面や金銭面でのロスも少なくなるので、お薦めの方法ではあります。そうそう、本格的に大学入試の勉強を始める前も、合格体験記を随分読みました(そしてそれはとても役に立った)。

ただ、こと育児に関しては、そうする気持ちは全くありませんでした。極論かもしれませんが、育児って、親が自分にしてくれた通りに子どもにすればいいだけだと思うんですよね。もちろん、時代が違いますから、幾分かは修正する必要があるでしょうが、それは微調整。根本的なところは何も変わらない。

もっと極論を言えば、人間がまだ猿だった頃から親は子を育てて来たはずで、そうした本質的な行為が、時代の流れでそうそう変わるとは思えない。いくら時代が変わろうとも、人を好きになるとか、好きな人とコミュニティーを築くとか、老いや死を迎えるとか、そうした人間の根源的な行為って不変ですよね。じゃあ、育児だって同じはずだ。

だとすれば、育児ノウハウ本なんてものを読むのは、時間の無駄なのではないだろうか。そう思って育児ノウハウ本を読むことはしませんでした。いや、正確には書店でパラパラと立ち読みをしたことならありますが(これがまた大量に類似書が並んでいるんですよね)、そのいい加減さにウンザリ。

曰く、「子どもを頭ごなしに叱ってはいけない、理由を説明してあげなさい。」 いやいや、小さな子どもは頭ごなしに叱らないとダメだよ、ダメなことに理由も理屈もないんだから。何にでも理由や理屈があると思うのは、近代以降の人間の悪癖でしょう。塾生については、小学生以上ですし、人からお預かりしているお子様ですから、そんな叱り方はしませんが、我が子に関しては、私も妻も頭ごなしに叱りつけてきました。

ともあれ、育児経験の乏しい人が、根拠も何もないような事柄を書いているトンデモ本に付き合っている時間はありません。仮に「私は我が子を300人育てました」というような人がいれば、それは子育てのプロと呼べると思うんですが、そんな人は物理的に存在しませんから(笑)、子育てについてはみんな素人のはず。上述したように、親のやってくれた通りにやればいい、親を含めた先人が教科書であり、それでダメだったところは修正を加えればいいと思うのです。


「育児ノウハウ本」「育児指導書」を無視し続けてきた一方で、「育児エッセイ本」は時々読んできました。この種のエッセイ、猛烈に面白いものがあります。ポイントは、「知的な人の書いた育児エッセイ」ということです。知的な人の書いた育児エッセイは、子どもとの関係を主観的に描くのではなく、客観的に捉えていることが多いので、読んでいて共感できることがとても多いんですよね。

私のお薦め育児エッセイを2冊ご紹介しましょう。

ただいま子育て中につき本日休診
山崎利彦

ただいま子育て中につき本日休診

今調べてみると絶版のようなので、お薦めするのは気が引けるんですが、私が育児エッセイに目覚めた一冊なのでご紹介しておきたいと思います。

著者の山崎先生は産婦人科医。医師業を半ば中断し、子育てに専念していらっしゃった頃のことを、楽しくかつ真剣に回想するエッセイなんですが、自宅分娩や子どもの行動が医師の観点から語られていて、とても面白い本です。北海道の僻地で三人の女のお子さんを育てられたんですが、書中に出てくる「3歳の旅」の件にはいたく感銘を受けて、我が家でもそのひそみにならった程です(この旅のことはまたいつか記事にするつもりです)。ちなみに、山崎先生は大阪府立大手前高校→京大医学部。そのあたりも(勝手ながら)共感を覚えた理由の一つです。

赤ちゃん教育
野崎歓

赤ちゃん教育 (講談社文庫 の 14-1)

新聞の書評で若島正先生が激賞していた書がこの本。若島先生は理学部出身ながら、なぜか英米文学の教授になっていらっしゃる方なんですが、先生がお薦めになる本はどういうわけか自分と波長が合うことが多い。7年ほど前のことになりますが、購入して読んでみたところ、これがまぁ面白いの何の。夜中に布団の中でゲラゲラ笑いながら読んでいたら、まだ乳児だった頃の息子が起きてきて、妻にえらく叱られたぐらいです(笑)。

読み終わってから知ったんですが、野崎歓さんは東大文学部の先生。道理で文学の香りがする育児随筆です。でも決して堅苦しくはありません。育児の苦労・喜びがユーモラスな文章で綴られていて、子どもを持つ人なら誰にでもお薦めできる良書です。特に幼い息子を持つお父さんには大推薦。書中、「男の育児は光に包まれる瞬間がある」という表現があったと思うんですが、これはまさに言い得て妙。私の実感を表す言葉としてよく拝借しています。

そうそう、この書名はやや誤解を招くかもしれません。『赤ちゃん教育』というのは、古いハリウッド映画から取られた洒脱なタイトルなんですが、「早期教育のノウハウ本」「幼児教育の解説本」と思ってしまう人が多いかも。私がジュンク堂で店員さんに探してもらった際も、「幼児教育の書籍ですね?」と尋ねられました。メチャクチャ教育熱心な父親みたいで恥ずかしい(笑)。あくまでも育児に関わるエッセイで、狭い意味での教育書ではありません。