たまには勉強の話をば。
中学入試国語を専門的に指導しているとよく分かるんですが、出題される文章群にはかなりの類型性があります。受験界言うところの「頻出テーマ」というやつですね。
例えば、小説分野で言うと、「少年少女の成長」。もちろん「身体的成長」ではなく「精神的成長」の方ですが、中学入試小説問題で考えると、かなりの割合にのぼるのではないかと思います。逆に、いわゆる難関大学の入試では、ほとんど見ない類型なんですけどね。
頻出テーマを分かっているだけで問題が解けるほど中学入試は簡単ではありません。そんなわけで、授業では、実際の入試問題を用いて適用練習することを重視していますが、今日は「少年少女の精神的成長」というやや抽象的なテーマを、映像を借りて(大人向きに)説明してみたいと思います。
さて、取り上げるのは、Sigur Ros (シガー・ロス)のプロモーションビデオ。
シガー・ロスはアイスランドのバンド。アイスランドと言えば、ビョークのような音楽世界を思い起こす人もいるかもしれません。当たらずといえども遠からず。日本に住まう私からすると、アイスランドの冷たく清浄な空を思い起こさせる音楽。ウィキペディアには、「ポストロック・アンビエント・実験音楽・シューゲイザー」とジャンル分けされていますが、どれも頷ける気はします。
音楽の話はさておき、シガー・ロスの「Glósóli」という曲のプロモーションビデオ、上述の「少年少女の精神的成長」というテーマを見事に映像化しています。私、アイスランド語を解さないので、歌詞は全く分かりませんが、それでも映像から十分な情報が伝わってきます。
ご興味のある方は、ビデオを見ながらお読み下さい(ビデオ映像右下「YouTubeボタン」を押すと別ウィンドウでビデオが開きます)。時間の後に示したのは映像の客観的描写。矢印の後に示したのは個人的解釈。
Sigur Ros – Glósóli [Official Music Video]
(0:00) 水辺に一人座る少年。内発的な行進リズムに促されるようにすっくと立ち上がり歩き始める。そのうち、彼の繰り出すリズムに呼応するように、同世代の少年少女が同じ方向へと行進を始める。その数は次第に増えてゆく。
→ 少年の精神的成長は、親世代に促されて成し遂げられるものではない。同世代間の相互影響(他者への意識・励まし合い・諍いなど)のもと、自発的に成し遂げられるものである。
(1:15〜) 少年少女が歩む道は舗装路ではなく、荒野と言ってよい場所。
→ 成長の過程は、決して安楽なものとは言えない。
(1:55〜) キスする少年少女。縄跳びをしていた少女も行進に加わる。
→ 大人へと成長する過程において、恋愛は避けて通れない問題である。子供じみた遊びに興じる者も、大人の世界へと進む魅力に抗うことが出来ない。
(2:28〜) 自動車に放火を試みる少年たち。引火爆発しかねない極めて危険な行為。
→ 成長の過程で、いわゆる非行に走る者も出てくる。極めて危険な行為は、成長の過程で命を落とす者もいることを暗示するか。
(3:00〜) 荒涼たる岩場で睡眠をとる少年少女。無反応な彼ら。完全に真っ暗なシーンが数秒挟まれる。
→ この描写は極めて秀逸。少年少女が大人になる際、心理的な大混乱が生じるが、外見からはそれがわからない。むしろ、周囲の大人に対して無反応な状況を示すことが多い。心理学者の河合隼雄先生は、思春期のこの状況を「さなぎ」に喩える。内部では、幼虫から成虫へと形態を変えるべく猛烈な変化が起こっているはずだが、外部からは何も見えないという共通性。数秒の暗黒シーンは少年期と成年期の断絶を想起させる。
(4:07〜) 真摯な顔。誰も微笑みもしない。遠くを見つめる。リズムは次第に強くなってゆく。ギターの轟音(野外会場で大音響で聞いてみたいですね)と共に、全力で坂を駆け上がる少年少女たち。
→ 自分の行く末をおろそかに思いたい少年少女などいない。許されるのであれば、誰もが真剣に全力で未来を切り開きたいと思う。
(5:15〜) 上り坂の果ては断崖絶壁。勇気を振り絞って飛び立つ。海は広大無辺。まぶしそうな表情。ぎこちない動きで空を飛ぶ。
→ イニシエーション(通過儀礼)を越えて、大人の世界へ。入ったばかりの大人の世界は、自由に満ち、輝く世界に見える。まだまだ世慣れていないが、いつかはこの世界での振る舞い方も分かってくるだろう。
(5:35〜) 見事に飛び立った者たちより、やや幼く見える少年。崖から飛び降りる。
→ この描写のリアルさには感心させられる。皆が皆、無事に精神的成長を遂げるわけではない。幼さ故に、浅はかさ故に、自分とは住む世界が違う者に悪影響を受けたが故に、落命する者もいる。または、社会に飛び立てず子どものまま時間を止めてしまう者もいる。ビデオ中に描かれるわけではないが、この少年は崖下に叩き付けられ、無残な骸をさらすというのが私の解釈。残酷だけれど。
(6:03〜) カメラが徐々に海の彼方を映し出す。少年少女の飛翔する先にはおぼろげながら小さな島が見えてくる。
→ よく分からぬ大人の世界でも、何か目標を定めて進むことはできる。かすかに見える目標。よく分からぬなりに進んでゆけば、その目標は輪郭をはっきりと現し始めるであろう。
いかがでしょうか。私はこのPVを初めて見たときから「少年少女の精神的成長」を表現したものだと確信しているんですが、真相はシガー・ロスのメンバーに聞いてみないと分かりません。
受験勉強のお役に立てば……って、あまり役に立たないか(笑)。