梅棹忠夫先生のこと

梅棹忠夫先生が亡くなりました。90歳。また一つ「知の巨星」が墜ちました。

一般的には、国立民族学博物館初代館長、文化勲章受章、勲一等瑞宝章受章という経歴を紹介すべきなんでしょうが、そういう類の経歴は新聞なりwikipediaなりでご覧頂くとしましょう。

国語を教える者の観点からすると、梅棹先生の文章はどれも着眼点が鋭いのに分かりやすいんですよね。キャッチフレーズ的に言うと、「鋭い知性・柔軟な文章」といったところでしょうか。そんな文章が入試の題材にならないわけがありません。実際、大学入試・高校入試・中学入試どの段階でも頻出です。

知的生産の技術』という、やや古典に属する新書がありますが、1969年に書かれたとは思えない鋭さです。もちろん、現在の情報産業(これも梅棹先生の造語です)から考えると、技術的には古い面があるのは否めません。しかし、「知的な生産術」という根本においては、今なお参照すべき書であると思うのです。

上記の書を初めて読んだのは、確か高校生時代だったように記憶しているんですが、それ以来「知的生産」という表現が大好きになりました。その割に、知的生産をしていないじゃないかと言われれば返す言葉はありませんが……(苦笑)。

ちょっと文房具に詳しい方なら、いわゆる「京大式カード」をご存知かもしれません。このカードも梅棹先生の提唱によるものです。というか、上記の書からこのカードが生まれたと言ってもよい。

私自身は梅棹先生の謦咳に接する機会には恵まれませんでしたが、国立民族学博物館に勤めていた友人に会ったとき、「梅棹先生ってどんな方なの?」と聞いたことがあります。友人曰く、

「とにかく知性とバイタリティに溢れている先生。あの先生がいらっしゃらなかったら、国立民族学博物館というもの自体が存在しなかっただろう。」

もしかすると、梅棹先生がいらっしゃらなかったら、日本の民族学自体が全く違ったものになっていたのかもしれません。

友人は、梅棹先生が杖を勢いよく振り回して国立民族学博物館までおいでになる話もしてくれました。梅棹先生は途中失明されたにもかかわらず、生産力が全く衰えなかったんですが、そうした力強さが先生の生産力の源だったのかもしれません。

ご冥福をお祈り致します。