国語豆知識 「忖度(そんたく)」(新明解国語辞典第8版登場を祝して)

前回の記事でも少し触れたんですが、三省堂新明解国語辞典の新版(第8版)が発売されました。Amazonで調べてみると、発売日は2020/11/19。第7版の発売日が2011/12/1ですから、9年ぶりの改版ということになります。

新明解国語辞典 第八版

この「新明解国語辞典」、かなり踏み込んだ語釈を示す点で有名な国語辞典なんですが、今日本で一番売れている国語辞典らしい。マニアックな人は「新解さん」という愛称で呼ぶほどクセのある辞書なんですけどね……。もちろん私も「新解さん」とか「新解ちゃん」と呼び習わしています(笑)。

個人的には、クセのない辞書よりクセのある辞書の方が好きですが、授業準備に使いやすいのは圧倒的に前者、クセのない辞書です。三省堂国語辞典とか、岩波国語辞典とかですね。

そういうわけで、「新解さん」は授業準備用としてはメインにはなっていない辞書なんですが、気になる言葉は結局色々な辞書を横断的に見ますので、なんだかんだといいながら親しくしてもらっている国語辞典の一つでもあります。

良質な辞書は改訂・改版の度に語釈にも手を入れてくるので、今回も旧版と新版をチラチラと見比べていたんですが、やっぱり攻めてきている語釈もありますね。

例えば、「忖度(そんたく)」という語です。ここ数年で一気にスターダムにのしあがった感のある語ですが、政治家や官僚のせいで、かなりダーティーなイメージをまとってしまいました。

以前は単純に「相手の気持ちをおしはかること」ぐらいの意味で使われており、「日本文化の美質」の一端を示す語だとも言えましたが、今は……。

この辺りの変遷をしっかり説明している辞書は、やはり良心的だと思うんですよね。

三省堂の辞書でここに最初に斬り込んできたのは、私の知る限り、大辞林です。第3版(2006年)から第4版(2019年)の改版で、こう変わっています。

大辞林第3版(2006年)
〔「忖」も「度」もはかる意〕
他人の気持ちをおしはかること。推察。「相手の心中を━する」

大辞林第4版(2019年)
〔「忖」も「度」もはかる意〕
1.他人の気持ちをおしはかること。推察。「相手の心中を━する」
2.地位や立場が上の者の意向を推測し、それにそうような行動をすること。

来ました来ました、いやらしい感じのする2の意味が(笑)。

今回の新明解国語辞典は、さらに斬り込みます。

新明解国語辞典(第7版)(2011年)
自分なりに考えて、他人の気持をおしはかること。

新明解国語辞典(第8版)(2020年)
〔「忖」も「度」もはかる意〕
自分なりに考えて、他人の気持をおしはかること。
「相手の立場や気持を忖度する」
〔近年、特に立場が上の人の意向を推測し、盲目的にそれに沿うように行動することの意で用いられることがある。例、「政治家の意向を忖度し、情報を隠蔽する」〕

「盲目的」なんて表現、いいですね。例文には「政治家」が出てきますが、「情報の隠蔽」なんてのもどこかで聞いた話です。一国語辞典に、政治家や官僚への辛辣な批判が込められており、思わずニヤリとさせられます。しかし、それにとどまらず、しっかりと現今の「忖度」の使用法を的確に示して国語辞典の本分も忘れない。上手いですよね。


可哀想なのは「忖度」という言葉です。この言葉には何の罪もないのに、何やら下品なカラーが着いてしまって。こうなってしまうと、この「忖度」という語はなかなか使いにくいですよね。

私としては、これからは「忖度」の代わりに「測度(そくたく)」という語を使うことをお勧めしたいと思います。ほぼ同じく「他人の気持をおしはかる」という意味を持ちながら、「保身のために目上の者に媚びへつらう」というカラーは付いていませんので。

悪い意味での「忖度」をしないで生きていきたいと思っております。