吉田秋生『海街diary』

心から物語を求めている

上記記事の続きです。

吉田秋生『海街diary』は、2007年に第1巻が発売され、昨年(2018年)に第9巻で完結した物語。この物語(コミック)の存在は知っていましたが、今年(2019年)秋ごろ全巻を購入し一気読みしました。

吉田秋生『海街diary1 蝉時雨のやむ頃』

海街diary 1 蝉時雨のやむ頃

複雑な人間関係

これは、これは、本当に素晴らしい……。毎日仕事が終わってから布団の中で一巻ずつ読んでいったんですが、ぐいぐい物語世界に引き込まれていきました。最後は登場人物がよく知っている人達のような気がして、お別れするのが名残惜しくて堪らなかったんですよね。

鎌倉を舞台に四姉妹の日々や人生を描くストーリーなんですが、四姉妹の家族構成はかなり複雑。

ある夫婦の間に三姉妹がいたんですが、娘達がまだ幼い頃、夫は別の女性と不倫関係に陥り、家族を捨てることになります。残された妻も、娘達が成人するまで待つことなく、別の男性と結婚し、鎌倉を離れ遠い地へ。

祖母が亡くなった後、残された三姉妹は社会人となり、鎌倉の古い家で暮らしていたんですが、ある日、父の訃報が届きます。といっても、別の女性と家庭を持って自分たちを捨てた人ですから、三姉妹としては、別段感傷にひたるほどのことでもなく。

しかし、義理は一応果たそうということで、三姉妹は葬儀に出席すべく東北某県に向かうんですが、実は不倫関係にあった女性は「父」よりも先に死去しており、「父」はさらに新しい女性と婚姻関係を結んでいました。

その際、二番目の女性との間になした中学生の娘に出会い(葬儀の時点では連れ子という形で現在の「義理の母親」と一緒にいるのです)、三姉妹は自分たちに腹違いの妹がいることを知ります。

現在の「母親」、悪い人ではないんですが、腹違いの妹が幸せに暮らせる環境ではないことを敏感に悟る三姉妹。でも、自分たちに何ができるわけでもない……。

葬儀を済ませ、鎌倉への帰途につく三姉妹。電車のドアが閉まる時に突然、三姉妹の長女が見送りに来た妹に言います。「鎌倉に来て一緒に住まない?」間髪入れずに妹は、「鎌倉に行きます!」

そして始まる鎌倉での四姉妹の暮らし、というのがこの物語の冒頭部分。本当にいいシーンなんです。人生の一大事は瞬時に決まることがある、そう、どうするべきかなんて、心の底では直感的にとっくに分かっている。

はぁ、しかし文章にするとくどいですね、すいません(笑)。

小説的な読解力を養う

私も副代表も中年ですから、この物語に強く惹かれるんですが、小中学生には何の興味も実感も持てないだろうと思います。しかし、このストーリー、中学入試の小説問題にぴったりだと思いませんか?冒頭部分だけでなく、全編、人物関係の変化や登場人物の感情の揺れ動きを読み取る面白さに溢れているんですよね。

私も副代表もはまりまくって、毎日のように「シャチねえの気持ち分かるわ〜」とか「よっちゃんは最終的にはちゃんとした男を捕まえるタイプだわ」とか「すずは将来的には多分こういう女性になるんちゃう」などと議論することしきり。そこまで真剣にならんでもという感じなんですが(笑)。

末妹のすずが父のことを思い出していきなり涙を流すシーンなんて、本当に説得力があるんですよ。他界直後は忙しさに気が紛れていても、ふとした時にその人の不在を感じて痛烈に胸が痛む。その涙は経験したことのある人にしか描けないものだと思います。

中学生すずと友人が二人とも恋に破れて、海辺で二人きりでなくシーンなんかも強く共感を覚えます。おもわず一緒に涙ぐんだりして。いや、中年男性が女子中生の失恋で涙ぐむなよという話なんだけどさ(笑)。

やや大人向けのシーンもあるので、小学生にはお奨めしませんが、この物語が面白いと思えれば、多分、中学入試の小説問題はほとんど「楽勝」になると思います。コミックですが、入試問題を作るのに最適な作品ではないかと。コミックから入試問題を作る学校はないでしょうけれど……。

映画もあります

実はこの作品、私は見ていないものの、映画化されていまして(是枝裕和監督)、予告編を見る限りとても原作に忠実に作られているように思います。四姉妹は綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すず。樹木希林や大竹しのぶ、リリー・フランキーが脇を固めていて、豪華ですよね。原作『海街diary』が高く評価されていることを裏書していると思います。

海街diary予告篇

しかし、この作品を読んで以来、鎌倉に行ってみたくて仕方がありません。長距離弾丸ライダー/ドライバーたる私からするとそんなに遠い場所ではないんですが、なんとなく行きそびれてきた街なんですよね。副代表は車に弱いし……。また、まとまった休みが取れたらのんびり家族で、なんて思っています。

『ふたつのスピカ』も最高でした

で、もう一つ紹介したいと思っていた作品(コミック)は、柳沼行の『ふたつのスピカ』全16巻。二人とも何度も感動で涙しました。珠玉の成長物語。成長は喜ばしいこと、でもそれは何かを捨てる切ない旅路でもあります。

『ふたつのスピカ』の話はまた別記事にしようと思いますが、こちらの話の主な舞台も実は鎌倉。(物語内では「唯ケ浜」とされますが)由比ヶ浜に日本の宇宙探索ロケットが墜落するシーンから物語は始まります。

しかし、こんなに面白くハイレベルなコミックがたくさん読めるのは日本に生まれた特権だと思います。ああ、もっと時間さえあれば(笑)。