リビアの指導者カダフィ大佐が拘束され、その際の怪我がもとで死亡したとのニュースを聞きました。拘束「後」に亡くなったのか、拘束「時」に亡くなったのかは、闇の中に葬りさられる可能性が高いでしょう。
独裁者の最期はこんな風に哀れなものになることが多いんですが、私が思うのは、独裁者の銅像のことです。
人間って「偉く」なると、どう勘違いしてしまうのか、自らの銅像を造らせることが多いですよね。周囲の崇拝者達が勝手に作ってしまうというケースもあるんでしょうが、それでもやはり黙認していることには変わりありません。
権勢盛んな時代はいいんですが、革命が起きたりして彼らが失脚した後の銅像は、これまでの恨みを晴らさんとする人にメチャクチャにされることが多い。引き倒され、足蹴にされ、ハンマーで顔をたたき割られ、小水をかけられ……。レーニンの銅像然り、スターリンの銅像然り、チャウシェスクの銅像然り、フセインの銅像然り。おそらくカダフィの銅像も近々そうなる運命にあるでしょう(もうなっているかも)。
私などは、人間って死んだらスッと消える方がいいと思うんですが、権力者はそう思えなくなるんでしょうかね。世の中の考えや潮流なんて簡単に変わりますから、死んでから悪評価を下され、自分の権力の痕跡をメチャクチャにされることは十分にありえそうなことです。そんな時、自分の子孫はエライ迷惑を蒙ってしまうのではないか。「ウチのご先祖様、何であっさり忘れ去られてくれへんかったんやろ……」ま、私には無縁な話でありますが(笑)。
明治時代の話です。とある地方出身の大学者が、出身地の人々に銅像を造らせてくれと懇望された。大学者はなかなか首を縦に振らない。「あんたはおら達が村の誉れじゃ。是非に是非に。」余計に態度を硬直させる大学者。それでも折れない村の人々。
しつこく頼む村の人々に、彼はぼそりと言ったそうです。「そこまでおっしゃるのならお受けしましょう。ただ、銅像だけは絶対に困ります。代わりに、村の○○川にかかる、あの小さな橋に私の名前を付けるということでどうでしょう。」
その橋の写真を見たことがありますが、三歩ほどでわたれそうな小さい小さい橋です。言われなければ名前なんて誰も気にしない類の橋です。欄干を凝視して初めて橋の名前に気づくレベル。
独裁者が自分の権力を誇示する銅像を建てるのと、まさに対照的な行動です。私は、彼のこの行動に深い知性を感じます。