『青い山脈』服部良一・西條八十・ブレイブコンボ

先日、往年の美人女優、原節子さんが亡くなりました。さすがにリアルタイムで見た女優さんではないので、特に感慨は無いんですが、彼女の代表作の一つに『青い山脈』があります。今日はこの主題歌について。

典型的なヨナ抜きのメロディ。美しい七五調の詞。作曲は服部良一、作詞は西條八十。当時の日本が誇る最高のコンビだと思います。

Wikipediaを見てみると、服部良一は大阪市天王寺区玉造で出生したとのこと。当塾のある玉造の大先輩です。「芸事好きの家族の影響で郷土の民謡である江州音頭や河内音頭を子守唄代わりに育つ」と記されているんですが、とても親近感を覚えます。個人的な意見ですが、江州音頭や河内音頭を聞かずして、日本の音楽が語れるはずはないんですよね。日本におけるアーバン・ダンス・ミュージックの嚆矢ですから。

『青い山脈』について調べてみると、「梅田から省線に乗って、京都に向かう途中のこと、日本晴れのはるか彼方にくっきりと描く六甲山脈の連峰をながめているうちににわかに曲想がわいてきた」と服部良一が述べているようです。そうだとしたら、しょっちゅう訪れているところじゃないですか。さらに親近感。

服部良一はさておき、塾ブログとして注目したいのは西條八十の歌詞です。歌詞が耳にさらりと入ってくるのは七五調だからこそ。日本人の心の琴線に触れるのはやはり七五調です。(どうして七五調が日本人の心を揺さぶるのかについては、自分なりの考えを持っているんですが、長文になりそうなのでまた別の機に。)

あえて三番・四番の歌詞をご紹介します。

青い山脈
作詞:西條八十

雨にぬれてる 焼けあとの
名も無い花も ふり仰ぐ
青い山脈 かがやく嶺の
なつかしさ 見れば涙が またにじむ

父も夢見た 母も見た
旅路のはての その涯の
青い山脈 みどりの谷へ
旅をゆく 若いわれらに 鐘が鳴る

声に出してみるとよく分かるんですが、音節数は下記の通り。すべての句が七音節または五音節になっています。

7 5
7 5
7 7
5 7 5

それでいて、若々しいムードが横溢しています。「青いかがやき」を「ふり仰いで」「涙をにじませる」のはまさに青春のイメージですし、「青い山脈・緑の谷」を「旅する若人」が「鐘の音」で祝福されるというのも、とてもフレッシュな色彩感覚・音感を感じます。

さらに私の分析を述べさせてもらいます(笑)。『青い山脈』というタイトル自体がもう名作の予感に充ち満ちています。「青い」という和語、「山脈」という漢語の取り合わせ。とてもバランスがいい。

『青いやま』、つまり、和語+和語だとインパクトに欠けます。また、『紺碧山脈』、つまり、漢語+漢語だと硬すぎますよね。やっぱり『青い山脈』しかない。

そもそも「青い」という言葉の選択自体が、音韻的にセンスがいい。「あ・お・い」という語は、いずれも母音。専門的に言えば、子音のように息が調音点(舌や歯や唇など)によって妨害されない音です。平たく言えば、声帯の振動が妨害されない形で声となっている。

「あおい」という語は、発音のまっすぐさ・汚れの無さが、「青」という色彩感覚にピッタリ合っている言葉です。

余談ですが、日本の国語教育において完全に欠落していると思うのは「理論に基づく日本語の音韻的側面」です。無視されているというよりも、誰も気づきもしていない、というのが正確なところでしょう。個人的には、音韻的側面を無視して日本語を十全に理解することなんてあり得ないと思っているんですが、この話も長くなりそうなので、別の機会に。

この純日本的なメロディと歌詞を、見事に、本当に見事に解釈してくれたアメリカのバンドがあります。その名はブレイブ・コンボ (Brave Combo)。カール・フィンチ率いる、ポルカをベースとしたバンドです。ポルカについて話すとまた脱線してゆくので、ここは我慢して(笑)、曲の解説を。

この曲は1990年に発表された『ブレイブ・コンボのええじゃないか』というアルバム(現在は廃盤)に収録されています。このミニアルバム、日本の曲をカバーしているちょっと変わった作品でして、坂本九やエノケンの曲も取り上げています。どれも逸品なんですが、アルバムの白眉はやっぱり一曲目を飾る『青い山脈』。

とてもセンスがいいと思うのは、イントロなしでいきなり「ア・オ・イ・サン・ミャ・ク」というコーラスから始まるところ。この辺り、ビートルズっぽい作曲法ですが、非日本語話者の感覚で、純粋に「ア・オ・イ」という母音が連続する音韻に反応してくれたんだと思うと、それだけで嬉しくなってしまいます。

軽快なポルカ・ロックに乗せて、一番は英語、二番はスペイン語で歌われます。歯切れのいいドラムがいいなぁ。ああ、やっぱり英語もスペイン語も音が美しいなぁ。

そして、ブレイクを挟んで三番と四番が日本語で歌われます。

雨にぬれてる 焼けあとの
名も無い花も ふり仰ぐ
青い山脈 かがやく嶺の
なつかしさ 見れば涙が またにじむ

なんてきれいな音の並びなんだろう!外国語の音も美しい。でもやっぱり、私にとっては日本語の音が何よりも美しく感じられる。しかも音だけでなく意味までもが麗しい。日本語が愛しすぎて、涙がこぼれそうになる瞬間です。

アメリカ人に日本語の音の美しさを教えてもらうのは、なんだか不思議な気もしますが、非日本語話者だからこそ起こし得た奇跡なのかもしれません。

少し大げさに書きすぎたかもしれませんが、ブレイブ・コンボのこのバージョンは本当に名曲。できれば大音量で聞いてみて下さい。

服部良一・西條八十のコンビには『蘇州夜曲』という名曲もあります。これもまた最高の一曲。また機会があれば。

ブレイブ・コンボのヴァージョンは、ニコニコ動画にしか見つかりませんでした。コメントがうっとうしいんですが、右下の吹き出しボタンを押すとコメントが消えます。